第六章 遊園地と勘違い8
なぜこんな場所に来てまで、最初にクレープを食べなくてはならんのだ。
そもそも、クレープなんてここでなくても食べられる。
言ってしまえば家の近くの商店街にだって、週に一度くらいは屋台が来ているのを見かける。
それよりも、限定のスイーツなんてものを探して食べたほうがいいのではないか……なんて考えていた俺とは違い、楓までもが綺羅坂の後に続き店の前に歩いていく。
「いいですね!私はバナナクレープが食べたいです!」
「仕方ないわね、ここはお姉さんの奢りでいいわよ」
「……俺は食べないぞ」
二人は自分の好きなクレープを決め終わると、綺羅坂の奢りで二つ購入した。
クレープが出来上がるまでの間、二人は店員が焼き上げている様子を店の前で眺めていたが、俺は少し前の二人、優斗と雫の様子に目を向ける。
二人は、お土産を多く取り扱っている店で商品を見ていた。
何度かこちらに視線を向けていることから、俺達が来るまでの間の時間つぶしだろう。
相変わらず、彼らの周りには自然と人が集まっているが、慣れているのかそれを気にしている様子はない。
それにしても、人の心理とは面白いものだ。
知らない人だとしても、「美少女がいた」「イケメンがいた」なんて聞けば、一目見てみたいと集まって来るのだから。
今も俺の後ろを通り過ぎていった人達が「あそこにめっちゃ可愛い女の子いるらしいぞ」なんて話をしながた歩いていた。
外見からして、俺よりも少し上……大学生くらいだろうか。
彼らは「お前声掛けろよ!」なんて言っていたが、声を掛けられるものならやってみてもらいたい。
……お前達が雫を目にしたところで、隣に立っているイケメンとお似合いすぎて、声をかける気すらなくなるぞ。
俺の前にいる二人にしてもそうだ。
幸いにも、綺羅坂と楓は店の前に張り付いていたので、通行人からあまり顔を見られていない。
ここは入場口のすぐ目の前だ。
すぐに彼女達も、周りの人たちからの注目の的になる。
このご時世はネット社会だ。
王子様のようなイケメンに、下手なアイドルなんて霞んで見えてしまう程の美少女が二人。
そして俺から見て、誰よりも可愛い妹が一人。
もしかしたら写真を無断で撮られる……なんてことまであり得る。
無断で写真を撮るなんて厳密には盗撮だが、そんな意識なんて薄い若者は簡単に写真をSNSなどにアップする。
『超イケメンと美少女三人で歩いていた!』なんてコメントと一緒に貼られるだろう。
……特に、楓は超絶可愛いので連射機能で百枚以上撮られることだろう。
そして、その写真が火野君のもとにまで拡散されてしまい、彼が歓喜し涙を流してしまうだろう……
と、まあ冗談は置いておくとして、なるべく早くここから移動して少しでも人目から避けたほうがいい。
彼らは視線なんて慣れたことだろうが、俺からしたら気分が悪くなるのに十分な効果がある。
知らない人ばかりの教室で、いきなり先生に呼ばれ立たされた時の気分を数倍にした感じだ。
うん……よく分からないな。
とりあえずとても居心地が悪く、気分も悪いという事だ。
「見てください!こんなに生クリームが乗ってます!」
「私のなんてフルーツの山だわ」
「……やっと来たか、とりあえず広い場所に出るぞ」
やっとクレープが出来上がったのか、嬉しそうに両手で持ちながら戻ってきた二人にそう告げると、早々に歩き出す。
後ろで「お、落ちてしまいます!」なんて、楓の慌てた声が聞こえてきたが、今だけは我慢してもらいたい。
優斗と雫がいる店の前に通り過ぎる際には、指で簡単に「行くぞ」と合図してから、彼らが出てくる前に先に進んだ。
両脇に店が広がる通りを抜けると、遠くに城が見える大きな広場に出る。
通路の幅で密集していた人達も、広場に出た途端様々な方向に散らばっていく。
「これでようやく息苦しくはないな……」
一番先に通路から出た俺は、いまだ人が次々と出てくる通路のほうに振り返ると、詰まりかけていた息を吐く。
「真良君のせいでイチゴが何個か落ちてしまったわ」
すぐ後を歩いていた綺羅坂は、俺の隣で立ち止まると不満げな表情で俺を見据える。
楓は特に何かが落ちることはなく、やっと落ち着いてクレープが食べられるからか笑みを浮かべていた。
「それは悪いことをしたな……」
「全くよ、とりあえず最初のアトラクションは私が隣に座るってことでいいわね?」
「……何がいいのか分からない」
五人で行くのだから当然一人だけになる人がいる。
それは俺の役目だ、誰にも譲る気はない。
綺羅坂は俺の返事に小さく笑みを零すと、手に持っているクレープを口に運ぶ。
俺は、隣でむしゃむしゃとクレープを頬張る二人を横目に、遅れている優斗と雫が通路から抜け出てくるのを待った。
「お待たせしました」
「悪いな、じゃあ行こうか」
数分も待たずして二人は広場に出てくると、優斗を先頭に歩き出す。
「いや、まだ二人が食べているから―――」
「もう食べ終わったわ」
「余裕です」
「あぁ……そう」
俺の隣で、先ほどまでクレープを食べていたはずの二人の手には既に何もなくなっていた。
丸呑みでもしたのだろうか……
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