第四章 先輩と後輩5



 俺達二人が、生徒会役員として呼び出しを受けたのは二日後の金曜日のことだった。


「それじゃあ今日の放課後から活動があるのかしら?」


「そうらしい……と言っても今日は自己紹介とかだけらしいけどな」


 昼休みに隣の席で豪華な弁当を広げている綺羅坂が、こちらを見ることなくそう聞いてきた。

 俺も、窓枠に体を預けた体制のまま、彼女の質問に答える。


 教室では、クラスの約半分の生徒が食堂に行くのではなく持参した弁当を食べていた。

 優斗はその日の気分で、コンビニ弁当の日もあれば学食の日もある。


 雫は基本的に弁当を持参しているが、昼休みに開放されている、一棟と二棟の間の中庭でクラスメイトと食べているらしい。


 俺も、一年の頃に興味があり昼休みに中庭に行ったことがあるが、人が多すぎて食事どころではなかった。


 なので、俺はいつも楓の作った弁当を自分の席で食べている。

 そして、今日の弁当を食べ終えた今は、会長から事前に渡されていた書類に目を通している。


 その書類には、一年間の生徒会のスケジュールと、俺の担当することになった書記という役職の大まかな仕事内容が書かれている。


「議事録に書類制作、それに生徒会の会議の進行補佐役か……」


 俺が想像していた書記の仕事とは多少違う仕事もあったが、特に変わった仕事があるわけでもない。

 やり方さえ覚えれば、何とかやっていくことはできるだろう。


 過去の書類の制作方法を見返していると、興味を持ったのか綺羅坂が横から覗き込むように見てくる。


「……なんだよ」


「いえ、どんな仕事をするのか気になって」


 彼女は、俺が見終わって机の上に置いていた仕事内容の書類に目を通す。


「これ、別に真良君じゃなくても平気な仕事よね?」


「…………」


 彼女が疑問に思うのはもっともだろう。

 確かに生徒会の仕事となれば忙しいかもしれないが、俺じゃなくても務まる。


 むしろ彼女や、優斗、雫のほうが適任だろう。

 いや、彼女達じゃなくとも俺よりも上手くこなせる人のほうが多くいはずだ。


 会長指名されたとしても、自分が優れているとも思わないし、きっと会長も俺が優れた人材だなんて思っていないだろう。


「なんであなたを指名したのかしら……?」


「…………」


 綺羅坂は前髪を耳に掛けながらそう呟く。

 そんな彼女を横目に見ながら、俺は先日会長に言われた言葉を思い出していた。






「……俺が生徒会の書記?」


「ああ、そうだ」


 生徒会室から退室しようとしていた俺を、突如会長から告げられた予想外の言葉が止めた。

 振り返り視界に入った会長の顔は、ただ笑みを受けべている。


「……なんの冗談ですか?」


「冗談なんかじゃないさ、本当に君は私の指名枠で役員指名してあるんだ」


 会長は副会長のプレートが置かれた机の引き出しを開け、何かをコピーしたような紙を手渡ししてくる。

 俺はその紙を受け取ると、書かれている内容に目を通す。


 書類には大きく『生徒会長指名推薦書』と書かれており、俺のではない字で名前が書かれていた。


「……これ断ったりできないんですか?」


「普通の推薦であれば可能だが、この推薦だけは断ることはできない」


 会長は淡々と事実を述べる。

 俺は生徒会加入を回避すべく、必死に思考するが妙案が浮かんでこない。


 会長は、そんな俺に追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「ちなみに生徒会の担当教師は、生徒指導員の須藤(すどう)先生だ……恐ろしく怖いぞ」


「……マジですか」


 須藤先生とは、桜ノ丘学園の生徒指導を担当する教師で、普段から鬼のように厳しいと有名な教師だ。

 毎朝、校門に立って遅刻した生徒を生徒指導室へ連行している姿を目にする。


 去年のクラスメイトが、自転車で彼女と二人乗りをしていたのを須藤に見られ、反省文と長いお説教を受けたと教室で騒いでいたのを思い出した。


「原本は須藤先生に渡してあるし諦めろ」


 最後にそう告げてきた会長の言葉に、俺は肩を落とした。

 身近にあった椅子に腰かけ、思わず天井を見上げる。


「……なんで俺を推薦したんです?」


 本来、初めに聞かなければいけないことを聞き忘れていた俺は、向かいに椅子を移動させて座った会長に質問した。


「そうだな……それは説明しないといけないな」


 会長はそう言うと、俺……そして先ほどから空気と化している火野君へ説明を始めた。



「私が卒業し生徒会からいなくなった後、この生徒会を率いていくのは副会長と会計の二人だ。しかし、先ほども話したように副会長は気弱で、会計も大人しく自分の意見を言うような子ではない」


 今は不在の副会長と会計の席を見つめる会長の目は、弟や妹を見る姉のようだった。

 楓も、今の会長のような視線を俺に向ける時がある。


 勘違いしないでほしいが、俺が兄で楓が妹だ。


 会長は、視線を再び俺のほうへ向けると話を続ける。 


「きっと二人は生徒からの要望に素直に応じてしまうだろう、相手が強い物言いをしてきたら尚更だ……でもそんな時に君を見つけた」


 会長はそこで一度話を止めると、俺達の表情を窺うように視線を動かす。

 俺達が話についていけていることを確認したのか、会長は最後に決め手となる理由を話した。



「私が欲しいのは、人望がある人でも成績が優秀な人でもない……しっかりとした個を持ち、客観的に判断ができる人だ」


「……個を持ち、客観的な判断……ですか」


 この学園では、行事ごとに関しては生徒会が大きな力を持つ。


 それ故に、客観的な判断は、確かに生徒会には必要不可欠な要素だろう。

 学園、生徒にとって何が必要で何が不要なのか。


 友達、恋人、部活動などで親しくしている人からの話しでも、不要ならば切り捨てなければならない。

 判断基準に優しさなど不要だ。


 今の副会長達には、まだこれが難しいと会長は判断したのか……

 

「私は、君にならそれができると思っている」


「……買い被りすぎですよ」


 俺の返事に、意味深な笑みを浮かべた会長は、何も言葉を発することはなくそのまま自分の席に戻る。

 俺は、その後何も話さない会長に一つ頭を下げて、生徒会室を後にした。


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