第二章 学力テスト8


 雫と雫母の電話が終了してすぐ、俺の家にも電話がかかってきた。

 電話の相手は雫の母親の奏(かなで)さん。


 

 内容としては、天候の影響で今日は会社に泊まる為、雫を泊めてほしいと。


 奏さんには小さい頃からお世話に合っているし、綺羅坂が泊まるのに雫はダメとは言えぬため、そのお願いを了承することにした。


 リビングに二人が寝るための布団を二つ用意し、今は楓も含めた女性三人で入浴中。


 時折、笑い声が聞こえることから、雰囲気は悪そうじゃない。

 楓をあの二人の中に入れるのは正直不安だったが、雫が昔からの付き合いだから、そこのところを考えてくれているのだろう。


 

 ここで家事のできる男なら、三人が風呂から上がった時には料理ができており、「夕飯にしようか」なんてカッコいいセリフを言えるのかもしれないが、先ほども述べたように俺は料理なんて全くできない。


 できたとしても、白米に卵を掛け、醤油で味をつける簡単料理か、お湯を入れて三分料理しかできない。


 昔料理に挑戦しようとしたら、楓から「兄さんは台所に立たないで!」と言われてしまい断念した。


 

 というわけで、暇を持て余した俺は、たまたま目に入った本棚のアルバムを手に取り、ページを一つずつめくっていく。


 保育園から小学、中学、高校の入学式までの写真には、俺が一番多く、その次に楓の写真が年代ごとに綺麗に並んでいる。


 楓の映る写真は、ほとんどが俺の手を握っていて、一番最近にものだと一か月ほど前の写真で高校入学式の写真でも満面の笑みで俺の手を握っている。


 あれは今でも恥ずかしかったのを覚えている。

 楓の通う高校は、俺達の通う桜ノ丘学園とは反対に位置する女子高で、嫌だと言ったのだが無理やり式へ連れてこさせられた俺は、多くの面前で兄妹仲良く手をつなぎ写真を撮ったのだ。


 母さんは楽しそうにカメラを構えていて、隣に立つ父さんが悔しそうに俺を睨んでいたのが印象的だった。




 そんな二人は、今は海外にいる。

 父さんが長期の海外出張で家を出なくてはならなくなり、俺以上に何もできない父さんを心配した母さんは、俺と楓を残し共に海外で父さんと二人で生活している。

 

 家のことは昔から手伝っていた楓が大半を務め、買い物や力仕事は俺が担当している。

 毎週金曜日に、楓と一緒に買い物に行き、一週間分の食材を買い込んでいる。


 

 アルバムには家族四人の写真の他に、幼馴染の雫の写真も沢山撮っていた。

 後ろのほうのページには『湊と雫ちゃん』なんて専用ページがあり、俺と雫のツーショット写真のみ抜き出されている。


「こんなもの作っていたのか……」


 中には、とても他の人には見せられない写真もあり、そっと閉じると元の位置に戻す。


「兄さん、お待たせしました!」


 風呂上がりで髪を濡らし、頭にタオルを乗せた楓は、大きめのTシャツを着てリビングに入ってきた。


「それ俺のシャツだろ」


「お借りしました!」


 俺のシャツを勝手に着ている楓は、自分専用のドライヤーを手に持ち俺の前で座る。

 俺はそれを受け取ると、楓の髪をドライヤーの熱風で丁寧に乾かしていく。


「雫さんとお風呂に入ったのは久しぶりだったけど、とっても成長していました!それに綺羅坂さんもなんか、こう……凄かったです!」


「楓ちゃん!そんなこと言わなくていいの!?」

 

 廊下からバタバタと走る音が聞こえると思ったら、雫が中に駆け込んできて楓の口を必死押さえる。

 その後ろから焦る様子もなく綺羅坂も入って来る。


「あら、別に私は構わないわよ?」


「あなたがそうでも私はよくないんです!」


 何がどのように凄かったのか、ぜひ詳しく聞きたいところだが、可愛いい妹の前で下心丸出しの兄になるわけにはいかない。


 邪念を払い無心で手を動かす俺の周りに集まった三人からは、風呂上がりのためいい香りが漂う。

 

 毎日同じ風呂に入っているはずの楓も、毎回風呂上りには、俺よりも数倍いい匂いがするのは不思議でならない。


 頭上でワーワー言い合う二人は気にせず、できるだけ丁寧にそして素早く楓の髪の毛を乾かす。


「ほら、終わったぞ」


 最後に乱れた髪を手で軽く整え、頭を一撫でしてから俺は風呂に入る為立ち上がる。


「しっかり私達の出汁が出てるから飲んでも構わないわよ?」


「……お前は干物か」


 綺羅坂の冗談に「ダメですよ!?絶対ダメですからね!」と叫び声が聞こえるが、飲むはずがないだろう。

 俺に人が入った後の残り湯を飲む趣味はない。


 あらかじめ用意していた着替えを持ち、俺は風呂場へ向かった。



 ちなみに風呂の中で、彼女達が入っていた湯の中に入るかの葛藤があったが、今日はシャワーだけで簡単に済ませた。



 風呂から上がるとすでに食事ができており、楓の作ったカレーを四人で食した。

 いつも二人だけの食卓は、両親がいた頃のような賑わだった。

 

 そして、寝るまでの間に簡単な復習と、雫と綺羅坂のテスト問題の予想を聞いているうちに時間が経ち、自室に戻った俺はそのまま眠りに就いた……のだが


「こんな小さな真良君は可愛らしいわね」


「まぁ私はこの頃から一緒にいましたけどね!」


「私のお気に入り兄さんはこれです!」


 リビングから悪魔のような話し声が聞こえた気がしたが、何かの間違いであると思うことにした。


 翌朝、リビングに置きっぱなしにされていたアルバムの写真が、何枚か無くなっていたのは気のせいだろう。



 

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