第一章 新学期2
俺達の通う桜ノ丘学園は、神奈川県の中央よりやや西南に位置する高校だ。
全三棟でできている校舎は一棟が一年生、二棟が二年生、三棟が三年生と各学年ごとに冠する棟で別れ、職員室は三年のいる三棟の一階に設置されている。
上空から見ると、漢字の三のように配置された校舎は、各棟を渡り廊下で繋いであり、外に出なくても行き来できるように作られている。
その渡り廊下を含めれば、漢字の山に見えなくもない。
なぜ、この形をしているのか、それを知る人はもういない。
校舎の裏には大きな山々が連なり、校庭には桜やイチョウの木が校庭を囲むように植えられており、四季折々で様々な色合いに変化する校庭は、春は花見、秋には紅葉が見れるように、一部を一般開放している。
校名に『桜』と冠しているだけあって、桜の本数はかなりのものだ。
まだ満開ではないが、それでも景観としては素晴らしいと言わざるを得ない。
ちなみにクラス名簿が貼られていたのは、正門から入ってすぐ、二棟の昇降口に貼りだされていた。
俺は人混みを抜け、二年生の棟である二棟の校舎中に入ると、自分のロッカーに外履きを入れ、代わりに中履きに履き替える。
教科書を置く棚の下に、外履きを入れるスペースがありこのロッカーは中々に便利だ。
中履きに履き替えると、これまた生徒の多い廊下を進む。
俺達の教室である三組は二棟二階の一番奥にあり、校舎内はコンクリートで造られ、見ていて寒々しいほどだ。
実際、冬になると想像以上に寒くなる。
建物自体も古く、以前に建て替えの話が出たこともあるらしいが、当時の校長が今の校舎を大層気に入り、反対を押し切り、現在のままにしたらしい。
こんな校舎のどこがいいのだ。
通う学生からしたら、さっさと新しい校舎に建て替えて暖かい教室で授業を受けたいものだ。
階段を上がり、生徒達の話し声で賑わう廊下を進むと目的の三組へたどり着く。
俺はためらうことなく教室の戸を開けた。
廊下だけでなく、教室内も新学期という事もあり賑わっていたので、俺が入ったところで特に注目を集まることは無かった。
しかし、俺が入った数秒後、後から入ってきた優斗を見た女子生徒からは、大きな歓声が上がる。
「見て優斗君よ!」「今日もカッコいいわね……」など、ほとんどの女子生徒が口々に話しをしている。
別に女子から注目されたいわけではないが、さすがに数秒前まで何の興味もなさそうにこちらを見ていたやつらが、急に目の色変えて甲高い声を出しているのは見ていて少々腹が立つ。
男子は男子で、少しでも女子の視界に入りたいのか、それともこの先の学園生活を考えての行動か、はたまたイケメンという不可視の力に引き寄せられてか知らんが、急に優斗の前に集まり挨拶始める。
そんな彼らを見て俺は、このクラスはどうにも馴染めない気しかしない。
「おはようございます湊くん!」
教室の生徒に、少しばかりの怒気(どき)を送っていると、俺にも話しかけてくる生徒がいた。というか誰かは声を聴けばわかる。
「あぁおはよう雫、今日も王子様は人気者だぞ……」
俺は、後ろから声をかけてきた人物、学園男子のアイドルである神崎雫の声がする方へ振り向きざまにそう告げた。
振り向いた先にいた雫は、いつもと変わらず優しい笑みを浮かべている。
俺は、視線を一旦雫から後ろに固まる生徒達へ向け、若干うんざりしながら一瞥すると、もう一度正面の彼女に視線を戻す。
すでに雫の周りには生徒が群がっていないのを見ると、彼女へのお熱い歓迎は終わったのだろう。
彼女の優斗を見る目には、多少の同情が混じっているのが見て取れる。
「……それにしても荻原君は相変わらずの人気ですね」
「お前も大差ないだろ……俺から見ればお前たちは似たもん同士だ」
互いに学園の有名人。
昔からの接点がなければ、俺はこうして二人と話していることもなかっただろう。
現にたったこれだけの短い会話を交わしている間に俺の視線の先、雫の後ろでは数人の男子生徒が俺と雫が話をしているのを面白くなさそうに見ている。
「ほら神崎さんも同じクラスなんだぜ!」
どこぞの男子生徒が優斗にそう言うと、自然と優斗の前に道を作る。
周りに群がる生徒達は、優斗が雫と会話をできるように話を止め二人の様子を見守る。
あれですか、主人公がヒロインとお話になるので皆さん気を使っているんですか……?
「……はぁ……めんどくせ」
『これから二人が話をするのだから、お前はどけ』……とでも言いたげな多数の視線に、俺は内心、やはりこのクラスは最悪だと文句を垂れながらその場を離れる。
「おはよう神崎さん、同じクラスになれて嬉しいよ」
「え?……あ、はい、私も嬉しいです」
二人が軽い挨拶を交わすと、再び二人を囲むように集まるモブキャラ……もといクラスメイト達。
周りの生徒達はそんなつもり無いのかもしれないが、やらせみたいで違和感が凄い。
二人を担ぎ上げてますよ!みたいに傍から見ると思ってしまう。
黒板に貼られていた座席表で指定された席に座り、教室の時計を見ると、始業式が始まるまではまだ十分に時間に余裕がある。
俺は、カバンの中から携帯型音楽プレイヤーを取り出し起動させると、騒々しい教室の音を音楽で遮った。
教室の席は名前順ではなく、ランダムに決められていたおかげで、窓際の一番後ろという最高の席に座ることができた。
これだけは、初めてこのクラスになってからの喜ばしいことだろう。
今日は文句なしの快晴。
開けた窓からは心地よい風が流れ込み、今までのストレスが少し流されていくようだ。
音は遮っているが、視界の端には、今もなお二人を囲む生徒たちが映る。
だが、それよりもその集団を避けてこちらに近づき、隣の席に一人の生徒が座るのが見えた。
この学園では、雫が美少女として有名だが、実はもう一人、容姿が優れているとして有名な生徒がいる。
その生徒の名前は綺羅坂怜(きらさかれい)
彼女は俺から見たら、雫にも引けを取らない容姿をしているが、周りの生徒たちからは“氷の女王”なんて、いかにも中学二年生が考えそうな呼び方をされている。
周りと話しをしようとせず、告白をしてきた男子生徒には辛辣な言葉で断り、孤高を貫く。
そんな性格だからか、学園一の美少女は雫と言われているが、彼女の容姿も群を抜いているのは間違いない。
そんな彼女が、俺の隣に腰を下ろしていた。
「……おはよう」
特に意味はない。
ただ、無意識のうちに挨拶をしなければと判断して、言葉が出ていた。
つまり、無意識のうちに俺と彼女の間には上下関係が気付かれていたとでも言うのか!?
などと冗談はおいておくとして正直に言おう、とても怖い。
面識もなければ、話したことすらなく噂を聞いて勝手に怖がっているだけだが……
だが彼女が席に座る際に目が合ってしまった時点で、何か言わなければいけないのは確定していたのだろう。
「えぇ、おはよう」
透き通るような声。
決して大きくない声だが、騒々しい教室の中でも、彼女の声は不思議と耳の奥まで通るような声をしていた。
「…………」
「何かしら?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
俺が自分から挨拶をしておいてなんだが、彼女が普通に話しをしているのを初めて目にした。
普段の彼女なら、挨拶をしている生徒には目もくれず、本を読んだり、その人の前を通過する、そんな光景しか見たことも聞いたこともなかった為、当然無視されるだろうと思っていた。
そんな考えだったのもあり、返事をされたにも関わらず反応に困ってしまい固まるしかなかった。
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