第一章 新学期
第一章 新学期1
「人は皆平等である」
二年前まで通っていた中学校で、校長の口癖だった言葉だ。
人は皆、平等に生まれ、個人の努力によって差が生まれる。
つまり、努力すれば誰でも一番になることができると、毎月行われる朝礼で毎回のように生徒たちに向け話していた。
昔の偉人が残したこんな言葉がある。
『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』
従来、人間は生まれた時は平等であり、貧富・家柄・職業・社会的身分などによって差が生まれるのではなく、いかに学問に取り組んだかで決まる……なんて学問の重要性を説いた意味の言葉だそうだ。
きっと平等や努力という言葉に変えて、校長もかつての偉人と同じような事を言いたかったのだろう。
だが、俺から言わせれば、この世界は生まれながらにして平等とはかけ離れている。
仮に、スポーツで例えるとしよう。
裕福な家庭に生まれ、一流の指導者のもと、整った環境でスポーツを学んだ子供と、貧しく一人公園で練習するしかない子供では、雲泥の差が出る。
知識、経験、練習の質、どれを取っても平等とは言えない。
これは、生まれた時にはすでに貧富という点で平等ではないからだ。
そして、才能にも個人差がある。
貧しい家庭で生まれても、天性の才能で周りを圧倒できる場合もある。
だが、それは極稀のケースで、一般的に先ほども述べた三つはスポーツを本気で取り組む人間には致命的な差となる。
スポーツだけでなく、経済力、家柄、将来就いた仕事、実際には世の中は実に不平等で、他者と自分をその不平等さで比べるシステムによって成り立っている。
しかし、一番の不平等なのは容姿だと俺は思う。
容姿が良い人間と、そうでない人間。
この両者には、言葉以上に絶対的とした差が存在する。
特に学生の頃は、容姿で学校生活をどのように過ごせるのかが変わってくると言っても過言ではない。
容姿が良いだけで、自然と周りに人は集まり、反対に容姿が優れない人には悪口やいじめが付きものだ。
学生の間だけではない。
社会人になった後も、それは変わらない。
俺自身も、決して容姿が優れているわけでもない。
クラスの男子に混ざれば、必ずと言っていいほど目立つことはないだろう。
目元近くまで伸びた髪、身長も170cmを少し超えるくらいで細い体をしている。
ハッキリ言って地味だ。
不細工だのキモイだのと悪口を言われたことがないだけ、この容姿に生んでくれた両親には感謝している。
存在感が無いとは多々言われたことがあるが……
だが、そう割り切っている俺にも、周りとの容姿について悩みがないわけではない。
その悩みの原因は、中学の頃からの友人と、幼い頃から家族同士で仲の良い幼馴染と行動を共にしている時に毎回と言っていいほど悩まされる。
その二人、萩原優斗と神崎雫は、学園の生徒誰しもが認める美男美女。
俺達の通う桜ノ丘学園(さくらのおかがくえん)で毎年行われる文化祭にて、昨年に一年生ながらイケメンランキングと美少女ランキングで一位に輝いている。
ちなみにお似合いカップル部門でも、交際していないのに一位を取っていた。
受賞した本人達は口では否定していたが、まんざらでもなさそうだったのをよく覚えている。
……特に優斗が
元々は俺を通じて知り合った二人だが、確かにお似合いの二人だとは思う。
片(かた)や学園の女子生徒の王子様、片(かた)や学園男子にとって高嶺の花。
周りからは学園の中心人物である二人と、何食わぬ顔で行動を共にしている俺は、まるで金魚の糞のように見えるのだろう。
俺だって好きで彼らの後を付いて回っているわけじゃない。
誰が冷ややかな視線を向けられると分かっておりながら、好んで一緒にいるものか。
友達や幼馴染だからといって、学校でも一緒にいなければいけないわけではない。
用事があったり、遊ぶ約束をした時だけ話や行動を共にすればいいだけだ。
友達とは、常に一緒にいる人のことを指す言葉ではない。
少なくとも俺はそう考えている。
そんな考えの俺が、これまでよりも二人と時間を共にすることが多くなった理由は、数日前の始業式の日に遡る。
「二年はあいつらと同じクラスか……」
現在、俺の眼前に貼りだされているのは、二年のクラス名簿。
新学期が始まった今日は、全学年で一斉にクラスが発表されていた。
珍しいことにこの学園は、新入生である一年生も入学式ではクラスの発表は行われず、在校生と同じタイミングの始業式の日に一年生の校舎に貼りだされる。
どんなクラスなのだろうか、そんな緊張感を一年生も今まさに感じていることだろう。
そんなクラス名簿を、一組から順に目を通していき自分の名前を探す。
一組、二組と通過して俺の名前は三組の上のほうに書かれていたが、その少し上にはよく知る名前が二つ書かれていた。
荻原優斗、神崎雫。
桜ノ丘学園の王子様とお姫様。
それぞれ男子と女子の中でも、突出して容姿が良くお似合いカップルなんて言われている二人だが、正直なところ性格も含め、釣り合うのがお互いだけだからというのが実際のところだと思っている。
そんな二人が、同じ三組の名前の中に書かれていた。
おそらく同じ三組になった周りの生徒達の中には、声を上げて喜んでいる奴も多くいる。
女子は「キャーキャー」と歓喜の声を上げ、男子は「うぉおお!」けたたましく雄叫びを上げていた。
この様子では一年間、この二人の意見がクラスの意向として扱われるだろう。
これだけ人気がある二人の発言なのだから当然だが、あの輪に加わらない俺のような人にとっては、これほどまでつまらないクラスはない。
新学期早々、うんざりとした気分でその場を立ち去ろうとすると、不意に後ろから制服の襟を引かれる。
「いやぁこれは面白いクラスになったな湊」
「……どこがだよ、俺はお前達と一緒のクラスにはなりたくなかったよ」
振り返ると、今までの話題の中心人物である萩原優斗が左手で俺の制服を掴んでいた。
楽しそうにニヒヒと笑う顔は、既に見飽きる程顔を合わせた俺から見てもイケメンで、見ていて腹が立ってくる。
「でも初めてだな、三人で同じクラスなんて。一年間が楽しそうでよかった」
「二年は修学旅行があるからなぁ」と、頭の後ろで腕を組み、へらへら笑う優斗に、周囲の女子からは甲高い声が聞こえてくる。
優斗の仕草一つでいちいち女子が騒ぎ出すあたり、こいつは一生女キラーになるのだろう。
優斗を見つけ、ぞろぞろ群がるように集まる生徒達から抜け出すように教室へ向け歩きだす。
「何が楽しいんだ……一年間お前達の言う通りに動くクラスメイト達に囲まれて暮らしていくなんてある意味で地獄だぞ」
「そんなことしないって!……相変わらず湊は言う事が厳しいな、俺じゃなかったら友達どころか話し相手すらいなくなるぞ?」
「どうぞご勝手に……」
ただ歩いているだけで大勢の生徒を引き連れる優斗に、俺は間髪入れず答えると、溢れる生徒達を縫うように避け、目的地である三組の教室を目指した。
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