6-2

《ウシオからの手紙》



 親愛なるサクラ殿へ


 貴女が今この手紙を読んでいる頃には、私たち三人はもうこの世界にはいないものと思ってください。

 今回の経緯を説明するにあたり、何故か私がそれを務めることになってしまったのですが、書き言葉にはまだ不慣れなため、このような堅苦しい言葉遣いになってしまうことをお許しください。


 二年前、戦争を終えた私たち三人には、それぞれに心残りがありました。

 レン太にとってのそれは、王様を死なせてしまったことでした。

 本来なら、スリザールを戦争に勝たせ、王様にまともな道を歩ませることができたなら、私たちはこの国から出ていくつもりでした。


 以前、ソノ子が言っていたと思います。騎士団でも教会でも王宮でも、私たちがいなければ何もできないようでは困る、と。

 それは、本当は逆の意味でした。

 

 私たちがいることで、再び戦争が起こる可能性があると思ったのです。


 救国の三英雄。

 それはあくまでスリザールにとっての話であって、周辺二国からすれば、ただ隣国に生えた脅威でしかありません。

 私たちの国の言葉に、出る杭は打たれるという諺があります。

 平和な世にあっては、私たちの存在はスリザールの害にしかならないと思っていました。

 後のことは王様に任せ、私たちは姿を消すつもりでした。


 ですが、本物の王様は死んでしまいました。

 サクラ殿。貴女の守りたい人の中に、彼も含まれていたことは承知しています。

 私たちは、それを守れませんでした。

 

 レン太にとっては、それが何よりの心残りでした。


 だからこそ、今度こそ貴女の望みを叶えるために、スリザールを滅ぼすことにしました。

 当初の懸念の通り、私たちの力を畏れた二国は侵攻の準備をしていました。それを撃退することは、その可否を問わず、また大きな犠牲を伴うものと思われました。そしてその犠牲を払うのは、きっと貴女の守りたい人々だったことでしょう。


 私たちは本物の勇者でも聖女でもなく、奇跡も魔法も使えません。誰かを守ることもできません。

 私たちはスリザールの社会と、そこに巣食う貴族たちを犠牲にすることを選びました。

 そうです。貴女が何より憎んでいたものたちです。


 こんな書き方をするとまるで恩を着せているかのようですが、今回の策を実行することで貴女をどれだけ傷つけるか、レン太はそればかりを気にしていました。

 許してくれとは言いません。

 分かってくれとも言いません。

 ただ、レン太が何を想い、何を考え、このような手段をとったのか、それだけを覚えておいてくれたらと思います。



 翻って、ソノ子にとっての心残りは、ホグズミードで出会った一人のシスターのことでした。

 ソノ子にとって、日本にいたときも、こちらの世界に来てからも、敵対するのは自分より強い相手ばかりでした。だからこそ、騙し、貶め、搾取することに何の躊躇いもありませんでした。そうしなければ生きていけなかったのです。

 だからこそ、ソノ子は自分以外の存在を守るということを知りませんでした。

 やり方を間違えた、と。珍しくソノ子は愚痴を零していました。


 シスターの守りたかった、穏やかで、平和で、争いのない世界は、ソノ子にとって最も得難く、心から希っていたものでした。

 それを自分自身の手で壊してしまったことが、ソノ子にとっては何より心残りでした。


 イサムにも伝えましたが、シスターのことは、あれからずっと気にかけていました。

 一人私たちに復讐するために放浪する彼女が死なぬよう、極少数の人手を使って、こっそりと見張っていました。

 もしも今後シスターに出会うことがあれば、そして、その時シスターが私たちに対して何を言い、その時までに何をしていたとしても、どうか彼女を許してやってください。



 私にとっての心残りとは、勇との決着でした。

 私は結局、最後まで一人ではあの勇者に勝つことができませんでした。私はこれまで、一度負けた相手に二度負けたことはなかったのです。

 それが、なにより私の心残りでした。


 お分かりでしょう。

 私はソノ子やレン太とは違います。

 王様のことも、シスターのことも、私は大したことを思っていません。

 私が気にしていたのは、あくまでも自分のことだけでした。


 お分かりでしょう。

 私は血に飢えた獣です。

 心を失くしたレン太よりもなお、悍ましい怪物です。


 そんな私を、貴女は二度救ってくれました。

 一度目は、ホグズミードの牢屋で。

 二度目は、白龍に備える砦で。


 それでいいのだと。

 私は、これでいいのだと。


 本当は、変わるつもりでした。

 貴女に命を救ってもらった恩を返すため、私は貴女のために力を振るい、貴女を守る盾となろう、と。

 しかし、貴女はそれを拒みました。


 私が、私の道を往くことを。

 私がありのままの私であることを。

 私が狂った獣であることを。

 貴女は認めてくれました。


 嬉しかった。

 言葉には出せませんでしたが、あの時、私は確かに救われていました。


 サクラ殿。

 貴女ほどに強い女性を、私は他に知りません。

 ソノ子のことも、レン太のことも、私はその気になれば殺せるでしょう。

 けれど、貴女のことだけは殺せない。

 そう思わされました。


 サクラ殿。

 きっと今頃、貴女は大きな失意と混乱の中にいることと思います。

 私たちを恨んでいることと思います。

 けれど、貴女ならば、きっと乗り越えられる。

 これからの新しい時代を生きていける。


 私はそう信じ、祈っています。


 長くなりましたが、これでお別れとさせてください。

 それでは、さようなら。



 篠森潮




 追伸

 ソノ子の手紙を読んでも、どうか驚かないであげてください。

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