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《とある傭兵の報恩》



「我らはみな騙されていた! あの聖女と勇者は真っ赤な偽物だった! この戦争を呼び込んだのは、ミソノ・イテクラとウシオ・シノモリだったのだ!!」


 人のごった返す帝都のド真ん中で、聖陽教の僧侶と騎士団の連中がそんなことを喚きたてていた。今、帝都近隣の町から避難民が押し寄せ、帝都の人口は膨れ上がっている。そんな避難民たちに、元々の帝都の住人たちに、彼らは救国の英雄の裏切りを懸命に伝えようとしていた。


「本当だ! 我々は戦場で確かに見た。ミソノ・イテクラが敵兵と通じているところを! 

 それに気づいた我々の部隊だけが命からがら戦場から逃れてきたんだ!」


 声高にそう叫ぶ僧兵の顔は蒼褪め、目元を腫らしていた。

 涙声だ。悔しさと怒りが、その叫びに満ちているようだった。

 だがそれは、果たして怒りだろうか。




 戦争は既に終結していた。

 五日前、ほとんど同じタイミングで都を取り囲んだ三国の軍に対し、王宮は早々に門を開き白旗を挙げた。

 一切の争いはなかった。そのまま三国の代表と国王陛下による停戦調停が行われ、スリザールという国家そのものを解体し三国それぞれに分譲、この都は共同統治下に置かれ、通商の完全自由化がなされることが約束された。

 その代わりに、三国が互いに互いを監視し合い、スリザールの民に対しての略奪行為や無法な統治が行われないよう、厳格な条約が結ばれた。


 一体どんな議論や交渉を経てそんな条約が結ばれたのかは、俺みたいな一般市民には分からない。だが、商人の連中に言わせると、このスリザールを囲む三国からすれば、この国を緩衝地帯にした平等な交易路が得られることは、この戦争の出費を補って余りある利益を生み出す将来性があるのだという。

 それは当然この国の商人たちにとっても同じで、俺たち傭兵にとっても、人流が増えれば増えるほど行路の安全を確保するための仕事が増えるのは間違いない。

 その他の一般市民にとってだって、ほんの数年前まで国中に蔓延っていた悪政を思えば、他国の人間に統治されることで当時よりも暮らしが悪くなるとも思えない。


 だが、こんなにもスリザールの民たちに有利な敗戦調停を結ぶことができたのは、明らかに、スリザール側から出された一つの条件のせいだった。

 

『この国の民にこれ以上の血を流させることは許さん。その代わり、この首一つをくれてやろう』


 議会政治が始まって二年。既に国政には積極的に関わってこなかったものの、いまだに国主としての地位は捨てずにいた国王陛下――ユースタス・サラザ・スリザールが、自らそれを言い出したのだ。

 それを三国の代表がどのように受け止め、受け入れたのかは、やはり俺たち一般市民には分からない。そして当然のように反発する動きが火の粉を撒き、数日も経たずに市民から暴動が起きた。


 救国の英雄王。

 彼を犠牲に自分たちだけが助かって何になる。

 今こそ恩を返す時だ。

 徹底抗戦!

 騎士団と聖陽教会は何をしている!


 そんな声を静めたのもまた、国王陛下本人だった。

 いや――。



『あっはっはっはっはっはっは。いやー。ホントに馬鹿だなー、この国の人たちは。君らの王様なんかとっくの昔に死んでるよ』



 ついに正体を現した、詐欺師の言葉だった。



本当の目的を教えてあげようか。それはね、この国の人間全員を、心の底から馬鹿にして、貶めて、辱めてやることさ』


 拡声の魔道具によって都中に伝えられたその言葉に、都の民たちはみな混乱した。

 何を言っているのか分からなかった。


『別に滅ぼすだけなら簡単だったよ、こんな国。だったらね。無能な王様。独善主義の貴族。拝金主義の聖職者。役立たずの騎士団。それに、してなんにもしない国民たち。あはははは。そう、君たちのことだよ』


 それは、断頭台が建てられた都の中心地、大広場から発されていた。

 国王陛下を救い出さんと集まった人々の足が止まり、口が開いていた。

 詐欺師の独演が、始まっていた。


『ほっといても簡単に滅びそうだったけどさ。それじゃ面白くないじゃない。大体、どこか一つの国に滅ぼされたってさ、それじゃそのままその国に取り込まれるだけだもの。腐った貴族と腐った聖職者と腐った騎士と腐った国民が、そのまんまさ。


 だから、一度は救ってあげたんだよ。

 上げて、落として、踏みつけて、唾吐きつけて、ぐちゃぐちゃにして、絶望させてやろうと思ってさ。


 救国の英雄? 勇者と聖女? あっはははははは。馬っ鹿じゃないの。どこの馬の骨かも分からない人間たった二人に頼ってる時点で終わってるでしょ。なんで誰もそう思わないかな。思わないんだろうなぁ。だって君たち、とっくに終わってたもんね。


 自分たちの国の王様が入れ替わったって気づかないんだもんなぁ。

 王様の最期もみじめなもんだったよ。薄汚い掘立小屋で僕が看取ってあげたんだ。

 寒い。寒い、って。

 可哀そうになぁ。服が変わったくらいで誰にも王様って気づいてもらえなかったんだもんなぁ。僕らも大概だけど、君たちさぁ、人としてどうかと思うよ?』


 突如始まったその独演に、人々は震え、困惑し、涙した。

 そんな馬鹿な。

 何かの間違いだ。

 あいつは偽物だ。

 本物の陛下はどこだ。


 そんな言葉が泡立って、ざわめきとなっていく。

 再び火が点きそうになった民衆たちの前に現れたのは、聖陽教の僧侶たちだった。


「この男の言っていることは本当だ! ミソノ・イテクラは我らを騙していたのだ!」


 彼らは声を荒げ、必死になって主張した。

 ミソノ・イテクラによって聖陽教の有力者たちが次々に貶められ、失脚させられたこと。彼女が敵国の兵と通じ、我が国に軍隊を呼び寄せたこと。ウシオ・シノモリは平和な世に飽き、ただ戦がしたいがためだけにその企てに加担したこと。

 それに気づいた極少数のものたちだけが、彼女の目を逃れ、こうして戦場から戻ってきたのだ、と。


 その声は震え、涙混じりで、悔しさと怒りに震えていた。


「奴らこそ、いや。この断頭台の男を含めた三人の悪党こそ! 我が国を滅ぼすために現れた悪魔そのものだったのだ!」


 ああ。分かるぜ、あんたら。

 俺も


 救国の三英雄改め、傾国の三悪党スリーアウツ


「殺せ!!」


 俺は腹の底から声を絞り出し、叫んだ。


「さっさとそいつを処刑しろ! この悪魔め!!」


 俺の声に同調した奴らが同じように処刑を叫び、それを受けてまた別の連中が同じ叫びを繰り返す。

 殺せ。殺せ。殺せ。

 

 最初に声を上げた俺に、果たして気づいたのかどうか。

 断頭台の上の男と、目が合った気がした。

 薄っすらと笑みを浮かべ、眉根を下げる。


 ああ。分かってるさ。

 分かってるよ。

 なあ、レンタロウ。


 


 あの僧侶たちはきっと、ミソノの野郎の命令でこんな真似をしてるんだろう。

 敗戦処理で揉めることがないよう。この敗戦で全てを終わらせられるよう。


 この国を滅ぼしたのは、三悪党なのだと。

 騎士団も、聖陽教会も、国民もみな、彼らに騙されていたのだと。


「あっははは。みんなして今更なに言ってんの? 自分たちの国がこんなことになるまで何にもしなかった奴らがさぁ。生活が苦しい? 汚職が溢れてる? 悪いのは国と貴族たちのせい? 自分たちは被害者で、救われるべき存在? 


 なんて騙しやすい人たちなんだろうねぇ。自分より強い相手にはなんにもしないくせに文句だけは一人前。自分より弱い相手から奪うことには躊躇もしないのに、自分の敵を倒してくれた人は正義の味方? それで今度は誰に責任擦り付けるつもり? グリフィンドル? レイブンクリューかハーフルバフ?


 君らを生かしてやるためにボロボロになるまで働いて、戦って、駆けずり回って、命を賭けた人たちには見向きもしないくせに。

 気持ち悪いよ。この国は、蛆虫の巣だ」


 執拗に俺たちを挑発するその言葉に、あの連中と初めて会った日のことを思い出す。



『よお。あんたらがゴイル侯爵の飼い犬か?』


 そう言って、ウシオは俺たちをぶっ飛ばしやがった。

 そして、そのまま飛竜もぶっ飛ばして傭兵組合に入り込み、ミソノと一緒になって組合をメチャクチャにしてくれた。

 

『あんたらにチャンスをあげるわ』


 そして、あのクズの少女が俺たちを生まれ変わらせてくれたんだ。

 それまでクソ公爵の言いなりになってクソみたいな生活をしていた俺たちに、本物の傭兵の生き方を取り戻させてくれた。

 組合長オヤジだってそうだ。口を開けばあいつらの悪口と文句と愚痴ばっかだったけど、本音じゃ感謝してた。


『ごめん。これくらいしか取り戻せなくて』


 オヤジがゴイル侯爵にとっ捕まってバケモノにされちまったときだって、仇を取ってくれたのはあいつらだった。オヤジが愛用してた剣を、レンタロウが屋敷の中から見つけて来てくれたんだっけな。


 なあ。レンタロウよう。

 俺たちは、結局最後までお前が何考えてんのか分からなかったよ。

 いっつもヘラヘラ笑って、こっちのことは全部見透かすくせに、自分のことは絶対に語らなかったもんなぁ。


 けど、今お前がやりたいことは分かるぜ。

 

 国なんてのはそれが先にあって人が集まるんじゃねえ。人があって国ができるんだ。

 お前は、お前らは、国を滅ぼす代わりに俺たちを救おうとしてるんだろう。

 そのために、自分たちが犠牲になろうとしてるんだろう。

 お前らがなんでそんなことしようとしてるのかは分からねえよ。でも、お前らが命を賭けてやろうとしてるのがそれだってんなら、俺はいくらでも協力してやるさ。


「殺せ! その詐欺師を殺せ!」


 自分の声が掠れてるのが分かる。

 涙で視界が滲んでくる。

 悔しいよ。悔しくてたまんねえ。

 なんで俺らは、あいつらに全部背負いこませて自分たちだけ助かろうとしてるんだ?


 けど、今ここで俺たち傭兵が騒ぎを起こそうもんなら、折角の停戦協定が無駄になっちまう。併呑された後で内乱が起きるかもしれない。そうなったら、スリザールの人間に一体どれだけの死傷者が出るか分からない。

 あいつらの犠牲が全くの無駄になる。


「あっはははははははは。ようやく終わりだ! スリザールは滅びる! 感謝しなよ! 君たちをずぅっと苦しめていた軛を僕たちが壊してやったんだ! 馬鹿な貴族たち! 馬鹿な国民たち! たった三人きりの悪党に弄ばれて、滅ぼされた! あっはははははははははははははは」


 それまでレンタロウの後ろに立っていた処刑官が、広場の熱気に僅かに焦りを見せ、レンタロウを断頭台へと拘束した。

 笑い声も掠れていたレンタロウは、次の一瞬で表情を失くした。

 仮面を脱ぎ捨てたように。

 怒りも、悦びも、哀しみも、一切を失くした、人形のような顔が現れる。

 そして――。



「あ~……………楽しかったぁ」



 全てをやりきった男は、最後に一瞬だけ笑みを浮かべた。


 ロープが断たれ、分厚い刃が、その首を斬り落とした。

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