第8話◇マンションにお泊まり
「結構暗くなってきましたね。これからどうします?」
「んー、今日はここに泊まらしてもらうわ」
今からアパートに戻るのもめんどくさい。カップ酒を呑みつつ、さきいかの袋を開けてつまむ。吉野君はジンジャーエール飲みつつ、ポッキーをかじってる。
「それはいいんですけど、改めてこれからどうします?」
「どうって言われてもなぁ。こういうとき、普通は救助を待つのかね」
「でも、自衛隊が救助に来たとしてもそれって人間ですよね、ゾンビになってない。それだと自分ら、襲いかかって食べてしまうのでは?」
俺はまだ人を食ってないけどね、という言葉は酒といっしょに飲み込む。ゾンビに噛まれてから、吉野君以外の一度も生きてる人間には会ってないから、もし出会ったときに俺がなにをするのかわからん。吉野君の話を聞いたあとでは、なおさらだ。
「そうなると、自分ら、あんまり人に近づかないほうがいいですね」
「それなんだけど」じゃがりこをポリポリ食べながら「俺ら、本当にゾンビになっちまったんかな?」
「どうなんでしょうね。自分も小山さんも外をうろついてるのと違って、こうして話もできるし、普通の食べ物を口に入れてる。他のゾンビとは違いますよね」
「吉野君、ちょっと腕出して」
「?なんです?」
吉野君が伸ばした右手を掴んで手首に指をあてる。とっくとっくとっく。
「脈はあるよなー」
「あ、そういう確認ですか」
そのまま手首の皮を摘まんで捻る。
「痛い痛い痛い痛い!なんですか!いきなり!」
「痛覚もあるよなー」
吉野君の反応がおもしろかったので、笑いながら言う。
「ちょっと、小山さんも腕出してください」
吉野君は俺の左手で脈をみたあと、両手で中指と薬指の先を持って開いた。痛い痛い痛い痛い、俺はそんなに長くやってない。
「なるほど、自分も小山さんも『動く死体』では無いってことですね」
動く死体、リビングデッド、ゾンビ、死んだはずなのに生きてるように動いて人を襲う怪物。そう、俺も吉野君もまだ死んでない。人を食うけど死んでない怪物はグールだっけ、グーラーだっけ。で、人を襲う生きた人間は……これは只の暴漢だな。
「自分らはゾンビに噛まれた。でも、他のゾンビとは少し違う、ということは……まだ死んで無いから、じゃないですかね」
「どういうこと?」
「確信は無いんですが、ゾンビには感染しているけれど、まだ完全にはゾンビにはなっていない。この状態で死亡したら外にいるようなゾンビとして復活する、とか」
「なるほど、そういう可能性はあるなー、俺が思い付いたのは、俺らは今現在ゾンビ化の真っ最中でゆっくりじわじわ身体がゾンビになっている。だけどそのスピードが他の人よりも遅いのでは、という」
「それは……あり得ますけど、嫌ですね。それだとどうしようも無いじゃないですか」
「だいたいこれの原因てなんだ? 新種の病気かブラック企業の作ったウイルスか」
「ゲームだとウイルスはもう使い古しなので、寄生虫というのもありますね」
「古式ゆかしい古典なオカルトかもしれないよなぁ」
「呪い、ですか?ブードゥーですか?それってどうすればいいんですか?」
「オカルトだろうがウイルスだろうが寄生虫だろうが、俺らにゃどうにもできんだろ? 学者でも研究者でもない。調べるにしても知識が足りない、調べるための設備もない。たとえ原因がわかったところで、ウイルスに対抗するワクチンも寄生虫を処分する殺虫剤も作れない。の、ないないづくし」
「そりゃまぁ、そうですけどねー。と、なると専門家の研究待ち、ですかね」
「それまでサバイバル続ける、というとこかね」
カップ酒をもうひとつ開けて口をつける。
「お酒、おいしいですか?」
「美味いよー、呑んでみる?」
「未成年なんですけど」
「世の中こんなんで法律のこと言い出したら、俺ら窃盗に傷害に死体損壊、今だって住居不法侵入じゃねぇか。俺らも明日には死んでるかゾンビになってるかも知れないんだから、味見したかったら今のうち、だな」
「そうですねー、じゃ、1本ください」
新しいカップを開けて吉野君に渡す。吉野君はそれを両手で持って一口飲む。
「あ、けっこうおいしい」
「気をつけろよー、酒が美味いとかアルコールが欲しいとか言い出したら、アル中に片足突っ込んでるから」
「ちょ、人にすすめといて、そんなこと言う?」
「うけけけけけけ」
実際のところ、水と食糧集めて生き延びる以外できそうなことも無い。このゾンビ騒ぎの規模もわからん。この街だけなのか、都内全域か、日本全土か、世界中か。
「でも、あれですよねー。自分ら人間の救助隊に保護されたら即研究サンプル実験台になりそうですよね」
「そのときは人を食べないように気をつけて普通の人間のふりをしようかね。それに俺らと同じようなのが他にもいるかもしれんし」
「そうですねー、でも救助とかレスキュー来ますかね? ヘリが飛んでたりとかもしてないし」
「そういや、静かなもんだよな。……この街隔離しといて空爆する気だったりして」
情報が無さすぎて、なにもわからん。二人で思いつきをテキトーにくっちゃべって時間が過ぎる。ゾンビゲームでゾンビ相手にむちゃくちゃ強い雑誌記者の破天荒ぶりは参考にはならないなーとか馬鹿話してたら夜中の2時になってた。
「じゃ、俺風呂入って寝るわ」
「自分もそろそろ寝ます」
吉野君は立ち上がったときにちょっとふらついた。飲ませすぎたかな。
「おーい、大丈夫か?」
「だいじょぶ、だいじょぶー」
ほんとうに大丈夫か? 真っ直ぐ歩けてるからほっといてもいいか。さて、風呂風呂ー。一旦風呂の前まできてからUターン、バスタオル忘れた。戻る途中に見たら、吉野君は寝る前にちゃんと歯を磨いていた。うん、大丈夫だな、俺よりしっかりしてそうだ。
風呂に入って行水でサッパリして、押し入れから勝手に布団を取り出して広げて寝た。
会ったこと無いけど、高木さん勝手にいろいろ使わせてもらいます、ありがとー。おやすみー。
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