白藤

 アーヴィング領から戻ってすぐに、イグナスさんとサンドラさんはまた出かけて行った。エレンは『雀の涙』でしばらく過ごすようだ。


「ねえ、エレンは王女なんでしょ?今さらだけど敬称とか・・・いる?」

「やめてよ。今は家出してるとこだから私は王女じゃなく一国民って扱いでいいの!敬称なんていらないわ。」

「そっか。わかった。エレンが家出して来た理由ってなんなの?」

「婚約者候補が気に入らなくて。」

「婚約者ぁ?君まだ十五でしょ?もう婚約者なんているの?」

「まだ婚約者じゃないわよ!候補!パパが紹介してくれたんだけどね、相手、太ったおじさんだったのよ。40代後半ですって。十五の娘に四十代の婿を与えるって、どうかしてるわよね。」

「そ、そうだね。」

「しかもね、性格が良ければまだいいのよ。好きになれるよう努力ぐらいするわ。でもその人、私を変な目で見てくるからさぁ。いやんなっちゃう。」


エレンはソファにふんぞり帰った。王女様ってのも大変なんだなあ。


「でね、ジャック。私、今回の家出で婚約者候補を探そうと思ってるの。」

「え!?」

「王になれる可能性もあるわ。・・・どう?」

「どうって僕?僕を婚約者候補にどうかっていうの?!」

「ええ、まあね。嫌ならいいのよ。」

「僕、王様になったとしてうまくやってける自信ないし・・・。」


でも王様かあ。いいなあ、王様。まあ一旦、


「保留で。」

「でしょうね。冗談よ冗談。」


なんだ。ちょっと期待したじゃあないか。


「ジャック君、エレン、ご飯ですよ。」

「あ、今行きます。」

「エレンと仲がいいんですね、ジャック君。」


食堂に向かう途中でイワンさんが言った。


「私には話しかけてもくれないというのに。」

「そうですか?」

「反抗期というのもあるかもしれませんね。そのうち話しかけてくれることを期待します。」

「はあ。」


なんというか、娘の反抗期にうろたえる父親って感じだ。


 ご飯を食べていると、ノックの音が聞こえた。全員がピタッと動きを止め、期待するような表情になる。考えていることは同じだろう。次の精霊持ちが来たのだろうか?


「私が見て来ましょう。」


イワンさんが出て行った。彼が客を連れてくるのを全員で待った。が、イワンさんは十分経っても帰ってこない。


「大丈夫でしょうか。」

「何かあっても大抵は大丈夫だと思いますよ。兄様はああ見えても強いですから。」

「そうですか。」


ステラさんがいうなら間違い無いだろう。僕たちは食事を続けた。


「すみません、遅くなりました。」


また十分ぐらいして、イワンさんが二人の男性を連れて入って来た。


「私の知り合いでした。兄のグラント・フレッチャーと弟のハインリヒ・フレッチャーです。」

「二人とも精霊持ちなの?」

「はい。グラントは毒、ハインリヒは消去法で光、ですね。」

「消去法ってどういうことですか?」

「ハインリヒはまだ霊力が目覚めていないのです。ですが『雀の涙』が見えています。光以外の十の霊力、水、氷、蒸気、鉄、糸、土、風、生命、炎、毒は揃いましたし、過去にティアに聞いたところでは後は光だけなので。」

「なるほど。」

「グラント、ハインリヒ、今は朝食の時間です。まだ余っているのでどうぞ座って食べてください。」


イワンさんに促され、グラントさんとハインリヒさんは空いている椅子に座った。食事には一向に手を伸ばそうとしない。


「どうかしましたか?」

「イワンさん、これ、毒とか入ってないよな?」

「入っているわけないでしょう!もし入っていたとしてもあなたの霊力で解毒すればいいではありませんか。」

「そ、そうか。」


グラントさんは不器用にスプーンを掴み、スープを口に運んだ。とたんに目の色を変えてがっつき始める。そんなグラントさんの様子を見て安心したのか、ハインリヒさんも食べ出した。彼らが食べている間に、僕たちは食器を片付け、リビングに戻る。


「兄様、あの人たちとは、どこで?」


イヴさんが聞いた。


「彼らは十年前の仲間達です。グラントは私の副官でした。」

「ああ。例の『河川龍神かせんりゅうじん』ですか。」

「はい。」


それから彼が語り出したことには、イワンさんは十年前、『河川龍神』という大盗賊を率いていたらしい。その時の仲間に、先ほどのフレッチャー兄弟がいたとのことだ。


「義賊だったとはいっても、盗みを働いたことに変わりはないですからね。いつしか追われる身になっていたんですよ。」


そんな時ティアたちに出会い、『河川龍神』の罪を帳消しにしてもらう代わりに、森に洋館を建てて精霊持ちを探す手伝いをするよう頼まれたのだという。


「彼らは私を探していたそうです。突然いなくなりましたからね。」

「そうですよ。みんながどれだけ慌てたことか。」


いつのまにかフレッチャー兄弟がリビングに来ていた。


「今回だって必ず見つけてくるっていったのに、あいつらにどう言い訳すればいいんだよ。」

「ははは、すみませんね。いいでしょう。言い訳に行く際は私も一緒に行きますから、うまいこと言ってください。」

「そんな無責任な!元はといえばあなたが突然いなくなったから悪いんであって」

「なんだ、騒がしいな。」

「あ、新入りですよぉ。」

「それも二人!全員揃ったね。」

「これでやるべきは後一つ、か。」


ティアたちが現れた。僕らはもう慣れっこだが、グラントさんたちはどこからともなく現れた四人を見て、固まっている。


「おはようございます。」

「ねえイワン、どっちがどっち?」

「はい、こちらが兄のグラントで、毒です。こちらは光で、弟のハインリヒ。」

「よろしくね二人とも。僕はパロ。」

「ルロですぅ〜。」

「ガロだ。」

「スロ。」


二人は何も返せないでいる。完全に硬直しているようだ。 


「あの、グラントさん、ハインリヒさん、大丈夫ですよ。僕も最初はびっくりしましたけど、慣れますから。」

「そうなのか。」

「はい、彼らは大精霊なので、いろんなところに出現できるみたいです。」

「大精霊って本当にいるんだ・・・。」


うん、そういう反応にはなりますよね。わかるわかる。


「僕ジャックっていいます。9号室に住んでるんです。よろしくお願いします。」

「ああ。よろしく。」

「よろしくねジャック。ダメなあにィだけど、仲良くしてやってね。」

「おいハインリヒ!」


仲は良いんだな、この兄弟。


「イワン、サンドラとイグナスを呼び戻せ。十年もかかったんだ、いつあの方が動き出すかわからん。次の段階に移るぞ。」

「はいスロ様。ジャック君かエレンか、〈若草わかくさ〉の宝玉を持っていませんか?」

「ん、あるわよ。」


エレンが黄色がかった緑に輝く宝玉を、イワンさんに手渡した。


「ありがとうございます。」


風が二度吹いた。イワンさんはエレンに宝玉を返すと、会議室に集まるように告げた。

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