第四一二回 ローリングする春風のキャンペーン。


 ――クルクルと、ヒラヒラと、センチメンタルな世界観を和らげる春の風。



 その行方を目で追いかけるその渦中で、お隣にいる早坂はやさか先生。……寝転がってお空を見る、どちらかといえば眺めているという表現が近い。例えるなら三角形よりも、四角形のように、ナイフのように鋭い角が、柔らかな角に変わってゆく。


 例えばね、早坂先生との距離感。

 チラ見チラ見が、グッと見ることができるようになってきた。


千佳ちか君は、数学は好きか?」


「やっぱり苦手……」って、いつの間にか警戒心の敬語が消え、溜口に?


「苦手と、好きは違うんだよ。と、僕は思うな。千佳君はきっと、数学が、まだ好きでも嫌いでもないと思うんだな先生は、苦手=嫌いは別物。算数はどうだったかな?」


「算数……って?」


「小学生の頃に習った算数。面白かったかな? と思って」



 ……クルクルと繰り返される記憶、或いは思い出。……苦しかったばかりではなかったこと。もっと深く掘り下げてみれば、楽しかったことも。お母さんと一緒に九九の宿題をやったことも。逆上がりもそうだったし、五十メートルの駆けっこもそうだった。


 嫌いではなかった。……その頃は学校も。今みたいに、


「楽しかった」


「そうか。その楽しかったのが、大人になったのが数学だから、楽しさ倍増だよ」


「ということは……算数って大人になるの?」


「そうなんだよ。君と同じように大人になってゆくんだよ。……てね、君たちの大先輩にも言ったことなんだ。その子も君と同じように数学が苦手と言ってたんだけど、嫌いではなくて、立派に学校の先生になって、今も頑張ってるんだ」


 お空に描く言葉たちが、僕らの会話を、春風の流れと同じように繋いでいった。



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