第三三二回 いしょう!


 ――それは、ステージの衣装でもなければ、ダンスの衣装でもない。


 僕がアイドルなら……

 紅白のステージで、『大梅四六おおうめよんろく』か『イブむす』の一員となって、歌って踊っていることだろう。ダンスなら、梨花りかに負けないくらいの自信があるの。


 学園の授業であったから……

 クラスの皆が見ている前で、中でも梨花が見ている前で、褒められちゃったの。



「今度、俺と踊ってみるかい?」


太郎たろう君と?」


「フォークダンス」


 ――あっ、そのジャンルは無理。でも、「千佳ちかなら大丈夫だよ~」と、太郎君らしくない声で、僕の両肩を揺らす太郎君。そして今、僕が着ている衣装は『晴れ着』だ。


 ……赤と、桃で彩られている。


 髪には櫛、簪が飾られている。そしてお祖母ちゃんが、暫しの散歩に「行っといで」と送り出してくれた。僕と太郎君、二人きりで……。なら、今ごろ梨花は、お祖母ちゃんと一緒に蜜柑を食し、猫のようにお炬燵で丸くなっていることだろう、心身ともに。


 でも、僕らは歩く。――新春はるの道を。


 星野ほしの家は、元は『喫茶・海里マリン』があった場所。屋根の色は同じくオレンジ。その駐車場辺りで、三人で羽根つきをしていたから、そこからの出発となった。


 歩くペースは、太郎君の方が少し早いかな?


 僕の方は少し早歩き……でも、「大丈夫か? 少しペース落とそうか?」と、太郎君は言ってくれたの。晴れ着は初めて。初めての履物……「うん、ありがと。来年は太郎君も一緒に着物。晴れ着なだけに、晴れ舞台を一緒に歩こうね」と、締め括る。


 ……あっ、


 僕は今日、十四年分の晴れ舞台を、君と一緒に歩いたことになるのかな?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る