第二八四回 ――今はもう、奇跡の人。


 数多くのチューブ。そして機械から……機械で呼吸や心臓を動かしている、そんな状況から、もう解放されていた。そして白いベッドの上、ご両親も一緒で……



 お下げの髪……括らず、背中までかかる。

 丸くて大きな眼鏡もしていない、本当の素の顔で……


 ほんのりとだけれど、柔らかな表情。頬に赤みのある……ささやかな笑顔。

 壊れそうな……まだ壊れそうな趣だけれど、それでもしっかり見ている。


 その眼差し……僕らを見ている。この場はまだ油断を許さない一人部屋だけれど、お医者さんや看護師さんの監視の下だけれど、幻でも夢現でもなく現実の上で。


 僕らはここに集っている。そんな彼女の傍に……葉月はづきちゃんの傍に。ここに集っているのは僕や梨花りか美千留みちる令子れいこ先生だけではない。可奈かな太郎たろう君、瑞希みずき先生やその家族までも大集合している。……夢ではないのだ。


 またね。――その言葉も。


 未来永劫に、みんなと結ばれることも。


 そして元気な体。――この先に行われるリハビリでは、挫けそうになったり、辛いこともあるだろうけれども、葉月ちゃんの強気一念は現に今、奇跡を起こしている。



 今だから言えること……


 それは葉月ちゃん自身も、その当時はわからなかったこと。それ程に、この手術は困難極まっていた。今のこの光景自体が、もう既に奇跡なのだ。


 でも、素敵な奇跡。これからもまた、これまでの軌跡を紡いで行ける。


「……ちか……ちゃん」

 と、まだままならぬ言葉だけれど、葉月ちゃんは僕の……僕の名前を呼んでくれた。


 また、涙は溢れた。そしてグッと、あっ、でも、そっと、抱きしめた葉月ちゃんを。


「ありがと、……生きててくれて、本当に……」……そう言っていたの、僕は。



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