第二七三回 教えてくれたのは、君の方だよ。


 それはアクリル絵。西洋絵画のことや……その中でも、


 令子れいこ先生が、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』に似ていることとか……



 今は描き方。――自由に、大きく、力強く。


 百号のキャンバスに向かう葉月はづきちゃんの表情が、とても逞しくも思えた。この芸術棟の外から奏でる蝉時雨よりも、今この時を懸命に……夢中で描いている姿は、


 美しく輝いていた。


 素肌に流れる汗も、キラキラと煌めいて、

 この姿を描きたくなるほど……僕の目に、しっかりと夏の暑さと同様に焼き付いた。



 ――煌めいているの、


 病気が嘘のように思えるほどに、葉月ちゃんの笑顔が。


 知らなかった将棋のことについても、

 話題に取り上げてくれて、爽やかなる午後の風と共に。


 本当は、僕が葉月ちゃんを元気にしてあげたかったけれど、僕の方が元気をもらっていた。一緒に描いていて……葉月ちゃんの方が、僕をエスコートしてくれた。


 そして、

 葉月ちゃんは僕の知らないこと、いっぱい知っていた。


 絵を描くことが楽しいこと。見慣れた風景にも変化があることも。そして……そして何よりも、前向きであることを。僕が思っている……或いは思っていた何百万倍をも、君は強い子だということを。一緒に描いているとね、とっても楽しくて、過ぎゆく時間が惜しいほどに楽しくて……でも君の笑顔が、悲しみや辛さを帳消しにしてくれるようで、


 現実を忘れそうだけれど……それもまた、現実ならば、

 奇跡という言葉を、また……信じられる。そう思うの。


 君と巡り会えたことも、それさえも、奇跡と呼ばれるものだから。



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