第二一六回 僅かな道程。それでも彼女には大冒険。


 ――それは遠いようで、とても近かった。


 道程にして……五分程度のもの。でもそれは、あくまで僕の感覚。


 彼女にしてみると、大冒険だっただろう。押す車椅子も、もうすぐ彼女のお家。彼女は五分の道程を二十分かけたという……そして、僕らの思いもつかないところから、僕らのことを見ていたという。そうなの、あの窓から。ここが彼女のお家。


 表札は星野ほしの。一軒家の二階建て……大きなお家だ。


 玄関のドアを開けるなり彼女……葉月はづきちゃんが「お茶でも、如何ですか?」と、おもてなしの言葉も間もなく、響く痛々しい音。そのドアの向こうには鬼の形相の……


「ママ……」


 ほっぺたを叩かれた葉月ちゃん。グスッ……と聞こえる啜り上げる息遣い。目の当たりには葉月ちゃんのママ。こんな時になんだけれど、葉月ちゃんはママ似なのかな?


 そんなことを思う傍らで、聞こえる怒鳴り声と、

 本格的となりつつある、葉月ちゃんの泣き声……


「お外に出ちゃダメって、あれほど言ったでしょ?

 忘れたの? あなたが思ってるほど、お外は安全じゃないのよ」


「……ごめんなさい」

 と、葉月ちゃんの言葉が聞こえたその時……その時なの。


「君は本当に、それでいいの?」


 と、令子れいこ先生の声。そして「えっ?」と、振り向く葉月ちゃん。令子先生は怒っている表情でもなく、いつものような満面な笑顔。エンジェルリングの長い髪、靡く。下したなら背中まで届いているの。声も、いつものトーン。だけれど……


「ママに怒られたからって、それでいいの? 君の思いは伝えなくていいの?」


「……伝えたい。どうしてもしたいの」


「だったら、話してみるよ。……ちょっと、お話よろしいでしょうか?」


 と、葉月ちゃんから、葉月ちゃんのママへと、令子先生は物申すのだ。



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