第八十七回 それは、ラズベリーの夢のように。


 ――ふと、そう過ったのだ。


 まだ続く、……そう、この会話の渦中に於いて、僕はまだ、大人になれない少女。



「学校、もうすぐ始まるんだよ……」と、その言葉が出る。僕の……


 僕の、今回の行動に至る原因となった、きっとその理由わけの氷山の一角が……それは、


 それはね、君とは……もう、想い出の中だけになるのは、やだから。


「僕は僕の、太郎たろう君には太郎君の学校生活が始まるんだよ。今日みたいに、今みたいに会えなくなるんだよ。……わかってるの、わかってたことなのに、……でも、でもね、僕なんかよりも可愛い子、沢山いるよ、君の学校……えっと、ええっとね……」


 グスッ……


 言いたいのに、言葉になんないよお……



「バ~カ、そんなこと気にしてたのか?」


 察してくれた? でも、でもね、


「そんなにバカバカ言わなくても、千佳ちかはバカじゃないもん!」……もう! 一人称が僕でも、昔のように私にも戻ることなく名前になっちゃって、きっと顔も真っ赤で……


「まったく、お前って奴は……泣きべそ掻いて。

 これも言わなきゃダメかな? ナンバーワンではなくオンリーワンだってこと。

 お前が望むなら、毎日会いに来るからさ、学校終わってからでも。……お勉強はアレでも、ゲームだけじゃなく、お姉さんがOKならプラモデルだって手伝うから。……あっとそれからな、お前がもう少し大きくなって、そのアレだ。……お前がな、自分の意志で鍵を閉めてな、朝シャン……シャワーする際に……でな、終わったら、お前が笑顔で鍵を開けたならな、開けることができるようになったならな、……そのな、考えてやる」


 太郎君は、きっと僕以上に顔が真っ赤……


 ラズベリーのような味にも似た、そんな薫りのする想いが過った。

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