第46話

忘れ去られたもの、変わり行くもの


 私は再び宮殿で暮らし始める。

 峰の頂の氷を運び下ろす作業は既になく、使役に供される子供はいない。

 子供は押し並べて教育を施される。

 この島(くに)には、もとより子供の集団(コロニー)はない。

そもそもの数が少ないのも相俟って、島の庇護の下、健全に育てられる。

 かつて「砂人」と呼ばれた者の子であっても、今は等しく学んでいる。

 能力は備わっている。女がそうであったように。

「山人」と呼ばれた者たちと変わらない。

 私は、ふと思い出す。

 あの男のいた島の子供たちのことを。

 人をみな等しく、と願った男の、その足元に放置された、大人になりきれない子供たち。

 因習に塗(まみ)れたこの世界が、それほど簡単に「あるべき姿」に変わることができるのか。

 けれど…

 けれど、男は、無知という枷で古く凝り固まったこの世界に、とてつもなく大きな楔(くさび)を打ち込んだ…

 変わるのは、もっと時間がかかる。

 変わるのは、この世界自身だから。

 私は、また、旅に出たいと思った。

 この世界が、どう変わったのか。

 この世界がどう変わっていくのか。

 まだ訪れたことのない島々。

 果てしなく広がる海原にたゆとうているだろう見知らぬ土地。

 私は王に頼んで、船を作ってもらう。

 「船」…水の上に浮かぶ、船。

 私は、それで、海へ漕ぎ出す。


 この世界の掟が、どう変わっていくかを見るために。


 船旅は、思いのほか快適だった。

 吹く風に身をゆだねるべく、船の上に張り渡された丈夫な布に空気をはらませ、船は快調に海原を進む。

 古い書物に描かれていた昔の「帆船」を再現した船は、砂の船の数倍の速度で水の上を滑る。

 三つ子の太陽は、機嫌の良い光を惜しげもなく振りまいて、海から湿り気を大気の中に巻き上げる。

 大気は波打ち、風が舞い、そして…雨が。

 この世界に、潤沢に雨が降る…

 人々の暮らし、そして心…それ以上に、この世界自体が、さらに大きく変わろうとしている。

 

私は、島々を巡る。

 そして、隣には、変わらずに女がいる。

 


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