第40話

図書館


 男は、長い回廊を抜けて、私たちを地下深くにある蔵へと導く。

そこは、とてつもなく大きな空間。

そして、そこには、膨大な量の書籍が、はるか天井まで届く棚に、端から端まで整然と並べられている。

 地下の書庫…確かに同様のものが、私たちのいた島(くに)にもあった。

 しかし、ここは、規模がその比ではない。

何より大きく違うのは、よく整理され、正に、今この時もしっかりと活用されているその有様…

塵ひとつなく、すべての書籍が、その形態別に、整然と規則的に並べられている。

必要な知識は、望むなら誰にでも手に入れることが出来る。そう語っている書棚の列。

 そして私は、そこでまたあの本に出会う。

背表紙に「めぐる海の果て」と書かれた本…

しかし、それは、私たちの島にあった朽ちかけたものとは違い、今も手にとって読むのに充分耐えうるもの。

『どこまでも広がる天と地の境を覆う水。寄せては返し、また寄せては返しして岸辺を洗う。』

 私はそう記されたページを開く。

「…それか」

 男は、私の手元を覗き込む。

「この星にも、海があった…」

 男はこの『星』の『海』について話し始める。

 『海』はこの『星』をあまねく覆っていた。

 人々は皆等しく『人』として暮らしていた。

 水はすべての人に過不足なく行き渡っていた。

 書物は語る。

それは、『夏の日』『何の前触れもなく』『一時の間』に起こったと。

『地を照らす太陽が、まだ二つだった頃』に起こったその出来事…

大地を覆う水が一時に消え去る。

それは、この『星』の組成…成り立ちに由来する事象。

男は言う。

数億年の時をかけて銀河と銀河が交差しているこの『星系』。

幾千億の恒星が、互いを引き寄せ合い、解放し、親星は二つとなり、そして、三つ…。

大地はせめぎ合う星々に押し縮められ、引き裂かれる。

地下深く穿(うが)たれた亀裂は、『星』を内と外へと分かち、広大な空間は、全てを飲み込み、消し去る。

一滴残らず消え去る海…

古文書の中では、ほんの一時。

しかし、本当のところは、分からない。

地底深く飲み込まれたという水。

それは全て地の底へ消えたのか。

砂の海の底から汲み出されるものは、その名残なのか。

それとも、砂の海の底に、地の表にあった時と変わらずに、満々と水を湛えた大海原が広がっているのか。

男は、困惑する私たちを鋭い目で見て言う。

「地表に海を蘇らせる」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る