第34話
水
隊列は進んでいく。
暗闇の中、どこへ進んでいるのか。
見えない行き先が、ひたひたと足音のこだまになって、何処からか跳ね返ってくる。
と、その足音が唐突に止まる。
突然、楽の音が奏でられ始める。
楽は空間のそこここに反響し、幾重にも重なり合って、意味を成さない音の固まりとなって私たちを包み込む。
やがて音は耳の中でまで響きだし、意識は次第に朦朧とし始める。
その時、足元に何か触れるものが…
びくっとして足を動かす。
ぴちゃっと跳ね返る…水。
水…
水が流れてきている。
人々は、しかし、動揺した様子もなく、楽は変わらずに暗闇の中で鳴り響く。
既にくるぶしまで流れの中。
暗闇、空間、大音響、水…
何が起ころうとしているのか。
水はますます勢いづいて、膝から腿へと深さを増す。
それでも隊列は動こうとしない。
腰、腹、胸…
みるみる水かさが増していく。
そして、あっという間に顎まで来た水に、楽の音は不協和音を醸し…
私たちは、水に飲み込まれる。
と、その瞬間、水はざーっと音を立てて一気に引き始める。
私たちは、その勢いに負けて思わず尻餅をつく。
あっという間に水のなくなった暗闇の床。
そこへ射し込む一条の光。
光に照らされて、あらわになる隊列の様。
皆、一様に床に座り込み、楽隊の楽器がそここに散らばっている。
その時、隊列の中から、クスクスと笑い声が広がり始める。
それは、乗っていた輿から放り出された仮面の人々。
その声は、次第に大きくなり、列を成して座り込んだ供の者全体を包み込む。
見上げれば、遥か上、思いの外大きな空間のその天蓋の一角に穿たれた隙間から、きらきらと射し込んでくる光が、あたりをほのかに照らし出している。
輿から落ちた人々の仮面は、引いていく水に剥ぎ取られたのか、誰一人付けている者がない。
薄明かりの中で、その顔色が際立って白く映る。
やがて笑い声は静まり、そして、誰からともなく立ち上がり始める。
楽隊は、床に散らばった楽器を拾い集め、供の男たちは、投げ出されている輿を列の縁へと引きずり戻す。
仮面を剥ぎ取られた素顔の人たちは、その様子を黙って見つめている。
ほどなく、隊列は元どおりにひと連なりに整えられる。
一行は、来た道をまた戻り始める。
楽隊は、楽を奏でない。楽器はすっかり濡れてしまっている。
隊列は足音だけを響かせて、下りてきた回廊を上っていく。
後には、岬から持ち帰った小袋が、点々と残される。
あれほど手間をかけ、持ち帰った「命の糧の砂」…
それを無造作に…
私たちは隊列を離れ、光の射し込まない隅の暗がりに、そっと身を潜めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます