『自殺について』――求めているのは、死ではない
「この人、ヒマなのかしら」
葉月は読み終わった本を放り出すと、その表紙を横目で見ながら言った。
そんな彼女の様子に、蛹は苦笑した。
「書かれた時代を考えても、これはここ20年ほどの間に出された自殺に関する本とは、根本的に違うと思った方がいいだろうね」
そして、放り出された本に手を延ばし、ぱらぱらとめくってみる。
「時代背景はよく分からないけれど、自殺は社会問題というよりは、明確に『罪』と認識されていたみたいだね。著者は後半で、その風潮を批判している。宗教的な罪というならば、教典の該当箇所を示せ、というように」
「その言い方だと、まるで自殺を肯定しているようですけれど」
「ある意味では、そうだろう。いや、どうかな。そう考えるのは、いささか楽観的かもしれない」
蛹は、ぱたん、と本を閉じ、葉月に返した。
葉月は彼がしていたように、ぱらぱらとページをめくる。だがすぐに飽きたようで、また放り出した。
「いずれにしても、自殺の方法よりも、自殺の理由をぐだぐだ考えている辺り、やっぱりヒマだったんじゃないかしら」
「俺はむしろ、死にもっともらしい理由を求めている辺りに、何かしら切実なものを感じるけれどね。何しろ、個人のあり方を超えて、生命の連続性にまで思考は及んでいる。あらゆる宗教、哲学、思想からアプローチして、どうにかして死を肯定しようとしている。つまりは、何か理由が欲しいんだろう」
「そして、自殺などしなくとも、人は時に暴力的に命を奪われるものだということには、触れていない」
「どうだろう? タイトルによる先入観というのは強いものだけれど、でも俺が思うに、彼が求めているのは、死ではないよ」
葉月がふと目を向けた先で、蛹は笑っていた。
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自殺について (角川ソフィア文庫)
著者 : ショーペンハウエル /訳:石井立
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