第72話 叩き直さないと!
8月初旬の猛暑の日、朝。
広い公園内の、湖を囲うように伸びる歩道をヒメノは走っていた。以前のように体力配分を間違えて途中でバテないように気を付けながら・・・
・・・
かれこれ30分経つだろうか。だいぶ疲れてきた。ジョギングと言うよりは、ほぼ全力疾走で走っていた為だろう。喉はカラカラだし、汗も拭きたい。そう思っていた矢先に、休憩をとろうと決めていたベンチが見えてきた。少し速度を落とすヒメノ。
・・・だが先客がいる。見覚えのありすぎる、美しい女性。
!!
まさか・・・
見間違えるはずがない。ヒメノは再び速力を上げる。そして・・・
「マ~ユ~リ~さ~ん!」
そこにいた美少女、マユリに飛びついた。
「おっと、ヒメノちゃん?」
ちょっと驚くマユリ。殺気の無い気配が近づいてきていたのはわかっていた。しかし、それがまさかヒメノだったとは。
「おはよう。休みなのに頑張ってるね。毎日走ってるの?」
感心するマユリ。どうしても長期連休ともなれば少しはだらけてしまうのが人のさが。
「はい。雨の日でも嵐の日でも走ってます。今年から始めてる日課なんです。」
ニコニコと、ヒメノの笑顔が眩しい。
「そっか。あんまり無理はしないでね。」
ヒメノの体を心配するマユリ。嬉しい言葉なのだが、しかし、それよりもヒメノには気になることがあった。
「マユリさんは何故ここに?もしかして、誰かと待ち合わせとか・・・」
今のマユリの格好を見て、そう思わずにはいられなかった。浅緑色のキャミワンピとヒールサンダルの組み合わせ。
普段の服装とは違う、女性の服装。
「ん~ん。今日は早く目が覚めちゃってね。散歩がてらにここまで来たんだ。ん?何でそう思うの?」
「だって・・・そんな服装だから・・・」
マユリは顔を下げ、自分の姿を見る。そして困った顔をした。
「あっ、やっぱり変かな。この時間帯ならあんまり人に見られないと思って着てみたんだけど・・・気持ち悪いよね、こんな格好。」
自虐的なことを言いながら微笑むマユリ。自分の容姿にサッパリ自信がないのは、どうも変わらないようだ。決して気持ち悪くないのだが・・・最早このツッコミはネタのようになっている。
「全っ然似合ってます!何ならいつもその格好してもらいたいっす!」
鼻息が荒い・・・興奮してるのかな?
「あ、ありがと。でも、いつもは無理かな。」
そう言いながら立ち上がるマユリ。湖に朝日が反射し、マユリの周りに光が散りばめられる。その神々しさ足るや・・・
ヒメノはポーっとその姿を見続ける。湖に向かい佇む美少女。何と絵になることか。
マユリさんの側に、ずっといたい。
マユリさんだけをずっと見ていたい。
ヒメノの想いは深くなる一方だ。そして何故だか身体がムズムズし出してしまう。
何だか・・・とても撫でられたい。
来てしまった!
ヒメノにとっての禁断症状が。小刻みに震えている。どうしても我慢できないようだ。
「マ、マユリさん!お、お願いがあるんですが。」
カバッと立ち上がり、そして即座に仰向けに寝転ぶヒメノ。
「オ、オレのお腹、撫でてください!お願いします!」
突拍子もないことを言い出してきた。そんなヒメノの行動に、マユリはかなり引いてしまう。
ど、どう言うこと?
意味がわからない。どういう話の流れでこうなった?
マユリはヒメノの様子を困った顔で見続ける。
これが、あのヒメノちゃん?
昔のヒメノと今のヒメノでは、あまりにも印象が違いすぎる。以前のヒメノは凛として気高く、他を寄せ付けないオーラを放っていた。
しかし、今のヒメノは・・・
「マユリさん!早く!マユリさん!」
アスファルトの歩道の上で、犬のように仰向けで腹を見せている。最早羞恥の欠片もない。通行人がいないことがせめてもの救いだ。
こんな子じゃなかったのに・・・
マユリは責任を感じてしまった。きっと前の勉強会で、思わず撫でてしまったのが原因だろう。ということは、ヒメノをこうしてしまったのは自分だということになる。
「ハッハッ、マユリさん。早くぅ🖤」
いてもたってもいられないといった様子のヒメノ。思わずマユリは目を伏せた。
見ていられない・・・
「ヒメノちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」
真顔で、そして真面目な声色でマユリはヒメノをどこかに誘う。
「えっ、どこに行くんですか?」
まだ撫でてもらっていないが、気になって聞き返すヒメノ。
「・・・ボクの家だよ。」
ドキッ
ええ~!まっ、まさかマユリさん、オレのこと襲う気かな?
どうしよう・・・
オレ、勝負下着なんて着てないし、持ってないよぉ🖤
困っちゃう~🖤
変な勘違いでソワソワし始めるヒメノ。もうお腹を撫でてとか言ってる場合ではない。もちろんマユリにはそんな気など微塵もないのだか・・・
そんな誤解が生じているなど露知らないマユリはヒメノを引き連れ歩き出す。行き先は・・・マユリの家の道場だ。
今からマユリは、ヒメノの歪んでしまった性格を叩き直すつもりなのだ。
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