第59話 不毛なやりとり

 土曜日、午後2時。


 ヒメノはミカの家に遊びに来ていた。

 二人でミカの部屋にいるのだが、ヒメノは漫画を読んでいたり、ミカは夏休みの計画をたてていたりと、各々別のことをしている。特に二人で何をする訳でもなく、穏やかな時間が過ぎていく。

 そんな中、ヒメノは読んでいた漫画を閉じ、ボソリと独り言を呟いた。

「・・・マユリさんのペットになりたいなぁ。」


 !!


 ミカは今まで見せたことの無いような驚きの顔を見せた。


 何言ってんの?この子・・・


 ミカは手を止め、詳しく聞いてみることにする。

「ペットってどう言うこと?」

「ん?そのまんまの意味だよ。マユリさんに飼われたいってこと。」

 ホントに何言ってんの?この子。

 おそらく、以前マユリに撫でられたことがきっかけだろう。

 しかしミカは、これはチャンスと受け止めた。ヒメノがペットを希望するということは、マユリの恋人候補が一人減るということだと思ったからだ。

「そっか、わかったよ・・・ヒメッち、あたし協力するよ。」

 ミカは心の中で悪い顔をしながらヒメノに言った。そんなこととは露知らないヒメノは・・・

「ありがとな!」

 と感謝してしまう。・・・何?この会話。

「じゃあ、早速練習しよ。」

「練習?」

 ヒメノは頭に?をつける。

「そうだよ。本気なら練習しなきゃ。ほら、猫みたいに鳴いてみて?」

 言われたヒメノは仕方無く鳴いてみることにした。

「ニャ、ニャ~。」


「声が小さい!」


「ニャ~。」


「もっと大きく!」


「ニャー!」


「もっと可愛く!」


「ニャン🖤」


「もっと色っぽく!」


「ニャハ~ン🖤」


「もっと分かりやすく!」


「?ニャ、ニャ~?」


「もっと甘えるように!」


「ニャァ~ン🖤」


「ほら!声が小さくなってる!」


「ニャー!」


「もっと大きく!」


「ニャーー!」


「もっともっと!」


「ニャーニャーー!!」


「もっと伸ばして!」


「ニャ~~~~~!」


「もっと大きく!もっと伸ばして!」


「ニャャャ~~~~~~~~!!!!」


「うるさい!」


「!?!?!?!?」


 散々やらせるだけやらせて、バッサリ切り捨てるミカと切り捨てられるヒメノ。

 暫し沈黙が流れる。


 ・・・・・・


「・・・次は表情の練習ね。」

 先程のことなど何の気にもせず、悪気もなく言うミカ。

「表情?」

 過去のことは忘れて前に進むヒメノ。

 ・・・しかし表情とは。

「ペットはご主人様の癒しにならないとね。だからかわいい表情を作れないと相手にされないかもしれないよ?」

「そっか。」

 本当もう、何がしたいのか。マユリがヒメノを飼うということ自体が、まずないと思うのだが。前提が整っていないのに、よくやるものだ。

「でもオレ、そんな可愛くないし・・・」

 自分に自信がないヒメノ。正直嫌みに聞こえなくもない。何故ならヒメノは、かなりの美貌の持ち主だからだ。でなければ、今まで多くの男達に散々言い寄られてはこなかっただろう。だが、どういうわけかヒメノはそういう奴らは蹴散らしてきた。

 まあただ単に、男が嫌いなだけということもあるだろうが・・・

「ヒメッちは自分をわかってない!ヒメッちはかわいいんだよ!ほら、試しに上目遣いであたしを見てみてよ。」

 言われるがままヒメノはミカに向かって上目遣いをしてみる。


 キュン


 幼なじみのヒメノの普段は見ない表情を見て、ちょっとだけときめいてしまうミカ。

「いいね!最高!そのままの表情で鳴いてみて。」

 キラキラしたミカの瞳に推され、またしても言われるがままヒメノは鳴いた。

「ニャン🖤」


 キュン


 とても愛くるしいヒメノ。ミカはついヨダレを垂らしてしまう。


 これは・・・いいかも。

 

 更に求めるミカ。

「もっとかわいく鳴いて。」


「ニャンニャン🖤」


「もっと!」


「ニャ~ン?」


「もっと誘うように!」


「ニャ~🖤」


「もっと大きな声で!」


「ニャン!!!」


「うっさい!」


「????!!」


 何が気に入らなかったのか、またしてもバッサリいくミカ。ヒメノは切ない顔で驚いている。

 その時・・・

「失礼いたします。ミカお嬢様。何やら大きい声がきこえましたが・・・野良猫でも入りましたか?」

 メイド長がノックをした後、ミカの部屋に入ってきた。部屋の隅々に目をやるメイド長。二人には全く自覚がないのだが、どうやら物凄く騒がしかったらしい。

「ううん、大丈夫。その・・・発声の練習的なことしてただけだから。」

 苦し紛れの言い訳。ミカは口笛を吹きながら言った。その横で、急に恥ずかしくなってきたヒメノ。あの鳴き声を聞かれていたのだ。

「そうですか。ならいいのですが。本物の猫がいると思ったものですから・・・では、失礼致しました。」

 ペコリと頭を下げ、部屋を後にするメイド長。ヒメノは複雑な思いだった。どうやら勘違いされるほど猫に近かったらしいが、やはり恥ずかしさが勝ってしまっていた。


 これじゃまだまだマユリさんのペットになれないな・・・


 またしても沈黙が流れる。そして・・・

「オレ、帰るわ・・・」

「うん、またね・・・」

 出しっぱなしだった漫画本を棚に戻し、部屋を出ていくヒメノ。残されたミカは、何事もなかったかのように、途中にしていた夏休みの計画を立て始める。

 

 梅雨明け間近の曇り空。その雲の切れ目から穏やかな光が窓から射し込んでくる。

 こうして、ミカの何気ない休日は過ぎていくのであった。

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