第47話 サキ、もう一つの顔

 水曜日、三時間目の授業の最中。

 ミカは保健室に来ていた。体育の時間で転んでしまって、膝を怪我してしまったからだ。

「ううっ、痛いよぉ。」

 半泣きしているミカ。傷も痛むが、何よりも痕が残ってしまうのではないかと心配だったのだ。

「大丈夫よ、ミカさん。ちゃんと治療すれば痛みも傷も消えるから。」

 保険医のサキは、ミカを安心させる言葉をかけた。もうこの時期はジャージも長ズボンから短パンに変わっているため、ダイレクトに膝を擦りむいてしまったのだ。なのできちんと傷口を洗い流し、消毒する必要があった。外の水道ですでに傷口は洗い流したのだが・・・

「ちょっとしみるわよ。」

「うひゃぁっ!!」

 消毒液の尋常じゃない染みかた。思わずミカは声を上げてしまう。

「これでよしっと。後は薬塗ってガーゼと包帯で塞いでおけばOK。」

 サキはテキパキと動き、あっという間に治療が完成する。

「はい、おしまい。とりあえず少しここで安静にしてなさい。」

 サキはミカにそう伝えると、教員用の机に座り、何か書類のようなものに目を通し始める。

「ありがとうございました!サキ先生!」

 ミカはお礼を言う。治療後は不思議と痛みが和らいでいた。腕は確かなようだ。

 ミカはベッドの縁に座り、サキの様子を黙って見ていた。そしてその目線はいつしか、机の上に置いてある1冊の本に向けらる。


 あっ、あれって・・・


「サキ先生、その本・・・」

「ん?ああこれね。これのお陰で危うくマユリさんに嫌われるところだったわ。」

 その本を見ながらサキはため息をつく。

「・・・燃やしちゃおうかしら。」

 !?

 もったいない。中々手に入らないお宝なのに。

「だ、ダメですよ。あっ、そう言えばあたしその単行本借りたままでした。ヒメッちからも回収して後でお返ししますね。」

 思い出したかのように言うミカ。本当は返したくないのだが・・・出来れば買い取りたい。

「いいわよ。あげるわ。要らなければ捨ててもいいし。」

 余程マユリを苦しめたことが許せないのだろう。しかしあの時は、この本のせいではなく、サキの授業に問題があったと思うのだが・・・

「いいんですかい?頂いて・・・ありがとうございやす!」

 どこぞの舎弟みたいな口調になるミカ。尊敬の眼差しをサキに向けていた。

 しかし、ここで気になるのが・・・

「何でサキ先生この本何冊も持ってるんですか?中々手に入らないじゃないですか。一体どうやって・・・」

「ああ、その本私が書いた本だからよ。」


 !!!


 な、なんですと?


 ミカは開いた口が塞がらない。

「内容が過激すぎるとかでクレームが入ってね。仕方なく出版社が回収した本を引き取ったの。・・・何が悪かったのかしら。」

 内容だよ!

 思わずツッコんでしまったが、本人は何も悪気は無いらしい。

「サキ先生は作家先生でらっしゃったんですか?まさか・・・他にも作品が・・・」

 ミカはワクワクした。あの本をサキに借りた後、何度も何度も読み返した。そしてある結論に達する。誰がなんと言おうとも、あれは正しく傑作だ。もしかすると、それと同等の、いや、それ以上の作品をサキは執筆していたかもしれない。

「あるわよ。まあそれも初版本しか出せなかったけど・・・作家としてやってくのはつくづく大変ね。」

 ため息をつくサキ。本来、サキがなりたい職業は小説家だった。学校の保険医はもちろん魅力的な職業なのだが、サキにとっては作家として食べていけるようになるまでの就職先に過ぎなかった。

 しかし、その考えは今や覆っていたのだ。もしこの学校の保険医にならなければ、マユリに出会うことはなかった。こんな素敵な恋に落ちることはなかっただろう。

 そう、これは運命。

 サキはマユリが卒業するまでは保険医を辞めるつもりはなかった。執筆活動も今は自粛している。今となっては保険医になってよかったとさえ思っていた。この職に就けて感謝しかない。

「サキ先生、その本貸してくれません?」

 ミカは手を前に組み、拝むように頼み込む。目からはキラキラ光線が出ていた。


 ・・・かわいいじゃない。


 ミカの小動物感に、キュンとしてしまったサキ。

「いいわよ。」

 そう言うと机の右側にある引き出しの一番上を開け、1冊の本を取り出す。

「はい、どうぞ。家に後七冊あるから一冊あげるわ。」

 スレンダーだが太っ腹なことを言うサキ。「いいんですか?ありがとうございますぅ。」

 ミカは目を輝かせながらサキから本を受けとる。そしてタイトルを読んだ。


『清純な女子高生 後輩女子に身体を弄ばれる』


 またしても官能小説だ。

 まぁそれが悪いことではないのだが、正直この本の内容が生々し過ぎるのだ。まるで実際に体験したことを書いているような・・・

「先生・・・これ・・・」

 ミカの顔から笑顔が消えていた。やはりタイトルだけでも刺激が強かったのだろうか。

「あら、お気に召さないようね。ん~、だからダメだったのかしら・・・」

「ダメじゃありません!素晴らしいです!」

 ミカは真顔でサキを見据え、沸き上がる感動を伝える。

「最高じゃないですか!タイトルだけでも引き込まれましたよ!これ絶対後輩が先輩の〇〇〇を×××したり、□□□で△△△に♪♪♪を◎◎◎したりする描写ありますよね。まだ読んでもいないのに、想像だけで興奮が止まりませんよ!これを駄作という人はきっと、あたしとは気が合わないムッツリスケベだけです!」

 捲し立てるミカ。そんなことを言ってしまってよかったのかな?たぶんマユリは、本屋さんでわざわざこの本に手を伸ばすことはないと思うのだが。何ならサキですらミカの剣幕にちょっと引いている。

「あ、ありがとう。嬉しいわ。じゃあそれあげるから、放課後取りに来なさい。今教室に持ち帰るわけにはいかないしね。」

 そう、ちなみに今も授業中であった。

「はい!必ず取りに来ます!ではまた、放課後!」

 ミカは保健室を出ていく。アドレナリンの分泌が多くなっているせいか、足の怪我の痛みを全く感じなくなっているようだ。


 ぐひひっ・・・あの本読んだ後、マユリ先輩を想像して🖤🖤🖤


 この子はもう、本当にアレだった。

 ミカが出ていくのを呆然と見送ったサキ。


「あの子・・・こんな本好きで大丈夫かしら・・・」


 などとミカの将来が心配になってしまっている・・・


 あんたが言うなよ!

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