80話 四股する覚悟。


 80話 四股する覚悟。


 まだ、センの中では、

 『スムーズに運んでしまうこと』に対する躊躇が残っているため、

 結果的には、沈黙を尊んだ。


 『世界の危機をどうにかする』という一点のみに注視した場合、

 今回のセンの沈黙は、明らかな悪手だが、

 しかし、センは本物のおバカさんなので、

 そんな、まともな計算など出来ない。


 彼は『絶望』の前では勇気の塊のような男だが、

 しかし、女性の前では単なるチキン童貞でしかない。


(四股する覚悟なんざ、この場で決められるもんじゃねぇ……)


 センが、自身のチキンっぷりに、うなだれていると、


 黒木が、真っ青な顔で、


「ぁ……ありえない……そんな地獄を……たった一人で……20年も……」


「いや、だから、15年ちょっとだって」


「どうでもいい! 15年か20年かなんて! そんなことじゃない! 大事なことは!」


 興奮と悲壮感が入り混じった顔で、



「たった一人で、孤独に……そこまで酷い地獄の底で……あなたは……ずっと、世界を救うために、絶望と向き合い続けたのですか……ぁ、ありえない献身……」



「いや、待て。孤独だったことを憐れまれるのは心外だ。そこに関しては、むしろ、望み通りだった。ツレがいた時期もあったが、それだって、俺自身が拒絶した。さっき、そう説明しただろ?」


「カズナさんが『壊れること』を心配して、独りになることを選んだんでしょう! そのぐらい分かります! ばかにしないでください!」


「いや、壊れかけの女なんざ、ガチでクソ邪魔だったから切り捨てたってだけなんだが……」


「どうして……そこまで出来るの……」


「いい質問だ。カズナをアッサリと切り捨てた俺の外道っぷりは確かに目にあまる。しかし、俺にも、いいところが、ちょっとはあるんだ。例えば、努力家なところだ。だいぶキチ〇イ感が強めのイカれた努力家だから、実態を知れば普通に引かれるが、しかし、相対的には『いいところ』と言っても過言ではないだろう……いや、やっぱり、過言かなぁ」


 などと、ファントムトークで、

 どうにか、現状の空気感を濁そうとするセン。


 だが、幻影の言葉ごときで乱れてくれるほど、

 センが踏みしめてきた道程は安くない。


 ――そのことを、いつだって、センだけが、理解できていない。


 黒木は、今にも泣きだしそうな顔で、


「あなたの高潔さと気高さは……人の域にありません……あなたが神様だと言われれば、私は、迷わず、あなたを信仰できます」


「またまた、特殊なご冗談を」


「世界中の人が知るべきです。あなたの尊い偉業を。あなたの気高い献身を」


 そう言いながら、

 スマホを取り出して、どこかに電話しようとする彼女から、


「はい、ストップ」


 スマホを取り上げて、


「はしゃぐのは、そこまでだ」


 黒木は、キっと強い目で、センを睨み、


「邪魔をしないでください。あなたの『尊い献身』に対して、人類は、『無知』を貫くべきではない。それはあまりにも不誠実が過ぎます。それを通したら、人類は、真なる原罪を背負うことになる」



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