104話 どっちが悪い?


 104話 どっちが悪い?


 ジュースをかけて行われた第一回チキチキ水泳対決は、


「あー、負けたー(棒) くっそー、足さえ、つらなければー(棒)」


 『紅院美麗の大敗』という形で、アッサリと幕を閉じた。


「仕方がないわね。両足をつってしまったことが原因とはいえ、負けは負け。……約束通り、判を押すわ」


「どこに何の判を押すつもりか知らんが、とりあえず、俺たちの間に交わされた約束は『勝った方がジュース一本おごってもらう』という、それだけの単純な話でしかなく、それ以上にも、それ以下にもなりえない、きわめて純粋で理性的な契約だ」


 呆れ顔でそう言いつつ、


「というか、お前、接待が下手すぎん?」


「接待? 何を言っているのかわからないわ。私は真剣勝負であなたに負けた。それだけの話よ。くっそー(棒)」


「……接待力だけで言うと、茶柱の方がはるかに上だな。恥じた方がいいぞ。接待力という『一般技能』で、あいつに劣るっていうのは、相当な大問題だ」


「……あの子は、常時、豪快に『頭がおかしいフリ』をしているだけで、実際のところは、ド器用なオールラウンダーだから、負けても恥だとは思えないわね。『アレよりも異常』と侮蔑された場合は、さすがに話が別だけど」


 そう言いながら、

 紅院は、センに近づいてきて、


 ソっと、ゆるかに、どこまでも自然に、

 正面から、センを抱きしめた。


「………………なにしてる……?」


「美女からのハグは『勝者』が有する基本的特権の一つよ」


「その特権、放棄してもいいですか?」


「いいわよ。ただし、その意思表示として、私の顔面にグーパンを入れてもらうけれど」


「……」


「ヒーローとしては、ヒロインの顔面に拳を叩き込むのは、あまりにも難易度が高すぎた? なら、少しハードルを下げてあげるわ」


「ありがたいねぇ」


「私のハグに応えて、力強く抱きしめ返してきたら、権利を放棄したとみなしてあげてもいいわ」


 軽やかに退路を削り、

 勝利の扉をあけっぱなしにしていく紅院。


 接待力は低いが、

 女子力は決して低くない。


「……」


 穏やかに、駆け引きの時間が流れていく。


 センは、5秒ほど、頭をフル回転させてから、


「……ナメんなよ」


 そうつぶやくと、

 センは、紅院の背中に腕をまわして、

 彼女の体をギュっと抱きしめ返した。


「っっ!」


 抱きしめ返されるとは思っていなかったミレー。

 全身がビリビリとしびれた。

 脳がグワっと熱くなる。

 自分の『形』が鮮明に理解できた。


 体表がピリピリしている。

 全身を包み込む幸福の電気。


 熱くなって、トロけて、

 だから、ミレーは、反射的に、

 先ほどよりも遥かに力強く、

 センの体をギュっと抱きしめた。


 貪るように、センの肉体を求めるミレー。


 我慢できなくなって、

 センの股間に、手を伸ばしてしまったところで、


「――いやいやいやっ!」


 センは、グイっと、彼女を押し離し、


「シャレにならん!」


 と、ガチめに叱りつけるセンに、

 ミレーは、上気した頬と、トロけた視線でもって、


「……そっちが悪い……」


 と、小さく、そんなことを言いながら、

 かわいらしく唇をとがらせた。


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