82話 深淵をのぞくとき、深淵もまた、こちらをのぞいている気がしないでもない。

 82話 深淵をのぞくとき、深淵もまた、こちらをのぞいている気がしないでもない。


「誰でもいいから、助けて! お願い! こわい! こわい! こわい!!」


 必死になって、ツァールから逃げようとする紅院。


 ――が、当然、


「はい、おつかれぇ」


 瞬間移動で、目の前で移動してきたツァールが、

 ひどく呑気な声をかける。


「ひぃ」


 ツァールに対する恐怖心から、

 ペタンとその場に倒れこんでしまう紅院。

 そんな彼女に、


「さあ、倒れている場合ではないぞ。次に捕まえたその時、私は、貴様に対し、先ほどの数倍の拷問を通す予定だ」


「……すう……ばい……」


「もちろん、死ぬこともできない。貴様は永遠の地獄をさまようことになる」


「……」


「いやなら、必死になってにげることだ。逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けろ」


「……」


「そうして、苦しんで、苦しんで、壊れて、壊れて……その果てに、ようやく……貴様の死は一つの芸術として完成する」


「……ぃ、いや……」


 止まらない涙。

 心がぶっ壊れそう。

 というか、ここまでに何度か壊れている。

 しかし、ツァールが治してしまうので、

 『完全に壊れてしまう』ことすら許されない。


 終わらない絶望。

 不安と恐怖と痛みに敏感な幼女の体。


 絶望のトリプル役満のような現状に、

 紅院は、


「ぅぁああ……ぁぁあ……ぁあぁ……」


 ただただ涙を流した。

 もはや『救いを求めること』すらできず、

 赤子のように、ただただ泣いた。


 そんな彼女に対し、

 ツァールは、


「逃げないか……まあ、逃げられないだろうな……『それほどの根性』があるようにも見えないしな」


 そんなことをつぶやきながら、

 右手を、さらに凶悪な形状へと変化させ、


「それでは、拷問の続きをはじめようか。紅院美麗。貴様は、まだまだ、絶望の最果てを知らない。こんなものではない。こんなものではないのだよ、紅院美麗。本当の絶望は、まだまだ、こんなものでは――」


 と、

 その時だった。


 ギチリ……ッ……


 と、次元の裂ける音が響いた。

 それは、肉が裂ける音にも似ていた。


 音の発生源――その位置は、ツァールの足元。

 地面ではなく、ツァールのヒザの当たり。


「ば、バカな……『虚空の次元ロック』が……干渉された……そんな、ありえな――」


 最後まで口にすることはできなかった。

 セリフが完結する一瞬前に、

 次元の傷口から、

 『満身創痍の閃光』が飛び出して、




「――深淵閃風(しんえんせんぷう)――」




 登場すると同時、

 『疲れ果てた様子の閃光』は、

 あきらか『コンディション最悪』にもかかわらず、


 パーフェクトに美しい水面蹴りで、

 ツァールの足元をさらっていく。



「――うぉおっっっ!」



 抗い方を見失う一手だった。

 とてもじゃないが、ツァールに対抗できる武ではない。


 ――『舞い散る閃光』は、

 ツァールの体軸を思いっきり崩してから、

 その勢いを保ったまま、



「――魂魄一閃(こんぱくいっせん)――」



 歪なナイフ『図虚空』で、

 ツァールの首をスパァァっと切り裂いていく。


「――っ――」


 首を体から切り離しただけではなく、

 魂魄を一刀両断する一撃必殺。


 ――『己の死』を受けて、

 宙を舞っているツァールの『首から上』がボソっと、



「死――神格の私が――脆弱な人間の一撃で――死っ――そ、そんなバカな――」



 とびっきりの『不可解』を口にする。

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