24話 神速閃拳。

 24話 神速閃拳。


「もろい考え方だな。一人の力など、たかが知れている」


「真正クズのくせに、まあまあの正論をはくじゃねぇか。いや、むしろ、真正だからこそか? この辺の真実に関しては、よくわからんね。俺も結構なサイコさんだが、お前とは方向性が違うからな」


 などと、テキトーな言葉を口にしてから、


「お前のことはだいたいわかった。おそらく、お前は、生まれつき壊れているわけではない。身分と立場によって徐々に歪んでいったタイプ。その歪みは『自分を律する精神力』さえあれば、どうにか矯正できたもの。お前は、『自分の意思』でそれを拒んだ。お前は、お前の意思で、クズになった。『クズで在り散らかした』と言ってもいい」


 ゆっくりと、拳に、魔力をこめていく。

 もちろん、本気では込めない。

 こんな低品質なカス相手に、本気を見せてやる理由はない。


「罪の数え方を教えてやる」


 そう言って、

 センは、

 踏み込み足に体重を乗せた。


 軽やかに、

 舞うように、


 おそろしいほど鮮やかな神速で、


 右の拳で、

 クリミアの顔面に、

 異次元の衝撃を与える。



「――ぺはっ!!!」



 クリミアの鼻が粉砕した。

 眼球も炸裂した。

 前歯がコナゴナに砕けて、

 舌が消し飛んだ。


 それは、刹那を包み込む一瞬の話。

 コンマ数秒の向こう側。

 人の反応では認知できない速度。


 だから、クリミアは痛みを感じなかった。


 意識と視界が同時に途切れて、

 あまりの衝撃波に脳が蒸発して、

 その振動が全身に響いて、

 命が終わった――と、

 命の深い部分が、その事実を受け止めた。


 けれど、


「……ぇ?」


 クリミアは死んでいなかった。

 意識も視界も、

 確かに在る。


「……は?」


 ワケもわからず困惑する。

 何が起きたのか理解できない。

 『おそらく殴られた』という『不透明な認識』だけはあったが、

 そこから先の知覚が、まったく追いつかない。


 『衝撃』の記憶は残っている。

 しかし、記憶以外は全て失っている。


 意味がわからない。

 何もわからない。


 クリミアは、反射的に、自分の顔を確かめる。

 鼻は砕けていなかった。

 目も見える。


「なにが……」


 気づけば、体が震えていた。

 震えている理由はわからない。


 恐怖が認知を追い越している。

 まるで、脳が、理解を拒絶しているみたい。


 先ほどの『異次元の衝撃』に対して、

 ようやく、感覚が追い付いてきたと思ったと同時、


(星が……爆発でもしたのかと思った……)


 冗談でも誇張でもなく、

 クリミアは、センの拳に対し、

 本気で、そういう感想を抱いた。


 完全なる事実として、

 クリミアは、

 センの拳に、

 世界の終焉を見た。


「ぁ……ぁ……」


 ようやく認知が追い付くと、

 さらに体の震えが増していく。



「い、い、いったい! なにをした!」



 膨大な恐怖に押しつぶされそうになりながら、

 クリミアは、鋼のプライドだけで、

 センにそう尋ねた。


「き、貴様っ……私に……なにを……なにを!!」


 それは、一般人では出来ないこと。

 クリミアはクズだが、間違いなく、『支配者』の血族だった。


 ――センは静かに言う。


「顔面を殴って粉砕したと同時に、回復魔法をかけた。以上」



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