-?話 旧(ふる)い記憶。

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 ――長きにわたって『多く』を積んで、

 『真理の迷宮』の『最奥』にたどり着いた『才藤零児(セイバーリッチ)』。


 彼を待っていたのは、

 『ソル』という名の混沌だった。


 全てを飲み込む無貌。

 最強の無。


 『すべての絶望を乗り越えた英雄』の『全て』を賭しても、

 ソルには及ばなかった。


 『すべての希望を背負った死神』ですら、

 ソルは超えられなかった。


 ソルの混沌は、底知れなかった。

 人の身では、とうてい理解できない深淵の最果て。


 膨大な力。

 圧倒的な死。

 その力は、あまりにも異常が過ぎた。


 丁寧に積み重ねてきた絶望は、

 容易に、才藤の全てを飲み込んだ。





「……いい線いってたんだけどなぁ……」



 『ズタズタに刻まれた才藤の体』を抱きしめながら、

 ソルはつぶやく。


「才藤零児……君なら『あるいは、もしかしたら』って……思ったんだけど……」



「……がはっ……ごほっ……」



 死にかけの才藤は、最後の力を振り絞り、

 ソルの腕の中で、

 ソルをにらみつけ、


「……終わりじゃねぇ……」


 歯を食いしばり、

 血走った目をさらに充血させて、


「……絶対に……諦めねぇ……」



「それって『そうであること』を願ったからだよね、きっと。君は『自分自身の祈り・願い』に縛られて、がんじがらめになっているマリオネット。……だからダメだったのかなぁ。でも、それがないとここまでこられなかった気もする……わからないね。わからないんだ……私にも……どうするのが正解で、どうすればたどり着けるのか……」


 消えそうな声で、ソルはつぶやく。

 そこにある感情は悲哀と空白。

 概念にしきれない感情が、

 ソルの中で、グニグニとうずまく。


 ――そんなソルに、

 才藤は言う。


「ごちゃごちゃ……うるせぇ……お前は、この手で……絶対に殺す……お前さえ殺せれば、『全部とりもどせる』……おまえに奪われたもの、ぜんぶ……だから、お前を……俺は絶対に……絶対……」


「もうすでに死んでいるのと変わらない……というか、なぜ死んでいないんだろうと不思議に思えるほどの大ダメージを負っていながら、それでも、気合の入った目でにらみつけてくる君の根性には、正直、尊敬の念すら覚えている。……けれど、足りない。結局、足りない。君ですら、まだまだ足りなかった……『狂気の脆弱さ』を乗り越えて、『本物』と呼んで差し支えない『最果ての領域』にたどり着いた君ですら足りない……」


 そこで、ソルは遠くを見つめながら、


「ハッキリとわかったよ。諦めないだけじゃダメだってこと。不屈の魂魄は、もっとも大事なスペシャル……けれど、それはあくまでも基盤。器でしかない。そう。英雄という称号だけじゃダメなんだ。『数字』とか『根性』とか、それだけじゃダメだ……『もっと』いる……もっと別の何か……でも、ソレが何なのか分からない……何がいる? いったい、なにが必要だ?」


「……絶対に……殺してやる……俺は……絶対に……お前を……っ」


「――見惚(みほ)れるほど良質な執念だ。憤怒……執念……あるいは、それが足りなかったピースか? いや、それだけでも、まだ足りない気がする……もっと……なにか……」



「必ず殺す……絶対に殺してやる……仮に、今、勝てなくても……ここで、俺のことは殺せても……俺の……この執念だけは……殺せねぇからな……」



「……いいね。かっこいいよ、才藤零児。『なにもかもがハンパだったガキの頃』とは大違いだ。君は大きく成長した。結局、君ではダメだったが……しかし、君は大きな可能性を示した……可能性だけじゃダメなんだけど……けれど、無意味じゃない」


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