地図が示す場所に向かうザコー。

 地図が示す場所に向かうザコー。


「力をつける前に、どうにかして殺しておかなければいけなかった……なのに……ぐっ」


 アギトは、グっと奥歯をかみしめ、

 父であるテラの顔を思い出し、


「くだらない見栄を張っている場合ではないのに……いや、ロコに対するアレは、見栄ではなく『情』か。……なんにせよ、父は、現状が理解できていない。いや、理解はできているのだ。父は『愚か』だが『バカ』ではない」


 『人としての愚かさ』と『頭の悪さ』は、

 字面上は、同じ概念に見えるが、

 現実に当てはめた場合、器が異なる。


 相対性理論を唱えられるほどの頭脳を持つ者でも浮気はする。

 賢さで愚かさは殺せない。


「父は、理解していながら、ロコを放置している。その理由は単純明快。甘さの奥にある『自身にたいする絶対的な自信』がゆえ。過剰な自信のせいで、脅威に対しても品格を持とうとしてしまう。愚かな話だ。この愚かさは、人の弱さの象徴だ」


 ボロクソに父をけなしているが、

 しかし、アギトにもそういう面はある。


 誰にだってある、人間の奇妙さ。


「900億の損失は……私が痛手を被るという以上に、あいつらの力が増すというのが問題なのだ。金は実弾だ。金だけあっても意味はないが、使い方を知っている者の手に渡ると、金はとたんに、最大の凶器となる」


 ギリギリと奥歯を強くかみしめ、


「……くそったれが……」




 ★




 アギトのもとを去ったザコーは、

 その足で、地図が示す場所へと向かった。


 その場所は、エリアBのはずれ。

 高い丘に囲まれた荒野。

 赤茶色の土が広がっていて、

 ところどころ、申し訳程度に緑が生えている場所。


「……何もないな……」


 『地図を頼りにたどり着いた』――はいいものの、

 しかし、特に何も見当たらない。


「かつがれたか? ……いや、でも、そんな感じでもなかったし……」


 などと思っていると、

 そこで、

 背後から、






「悪鬼羅刹は表裏一体」






 声が聞こえて、

 ザコーは振り返った。


(?! な、なんだ? 人が近づく気配など、まったくなかったぞ……っ)


 ザコーは、裏社会で生きるカリスマ。

 当たり前の毎日がユニークな戦場という悪の修羅。

 ゆえに、どんな時でも警戒心は怠らない。

 ――だが、そんなザコーの警戒網に、

 『ザコーの背後をとった彼』は一ミリもひっかからなかった。




「俺は独り、無限地獄に立ち尽くす」




 現れたのは、一人の男。

 その男の顔には見覚えがあった。


(……あいつ……確か、試験の時に見た顔……)


 二人組で試験に挑戦していた受験生。

 名前はルースだが、ザコーは、彼の名など知らない。


 ただ、試験で互いをチラ見しただけの関係。

 なんのつながりもない相手。

 『相手にするまでもないカス』と決めつけて、

 だから、当たり前のように見過ごした弱者。


(どういう……まさか、試験の時から、俺をつけていた? いや、さすがに、それで気づかないわけ……)


 ザコーが混乱している間も、

 ルースは、奇妙な詠唱を続けている。


「どこまでも光を求めてさまよう旅人。ここは幾億(いくおく)の夜を越えて辿り着いた場所。さあ、詠おう。詠おうじゃないか。喝采はいらない。賛美も不要。俺は、ただ、絶望を裂く一振りの剣であればいい」

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