2兆円。

 2兆円。


「おやおや、全宮の次期当主ともあろう御方が、こんな小さな子供が怖いのですか?」


 けらけらと笑いながらそう言う。

 止まらない挑発。

 突き進み続ける嘲笑。


(ああ、このガキはダメだ……止まらない……誰もブレーキにはなれない……)


 理解すると、

 脳の奥が沸騰した。


 もう我慢の時間は終了。

 さすがにもう無理。


「……無意味な挑発でからかってくるのはやめろ! なんなんだ、貴様は! 本当にイライラするぅうう! もういい! わかった! 勝手に死ねぇ! このガキに降参を叫ばせて、自殺させてやる!!」


 そう叫ぶと、

 アギトは、拳にオーラを詰め込んで、


「うらぁあッッ!!!」


 ゲンの顔面に向かって、その拳をつきだした。


 避けるヒマなどなかった。

 ゲンの反応速度を大幅に超える速度。


「ぷげへっ!!」


 ガツンと顔面が歪んだ。

 脳天に響く痛み。


 吹っ飛ぶゲン。

 異空間の壁に激突して吐血。


 しかし、アギトは手を止めない。

 そのまま、壁にたたきつけるように、

 拳を何度も押し付ける。


「ぎゃぁああ! ぐぁああああ!」


 死にかけるたびに回復。

 高位の回復で、ゲンに気絶する余地すら与えない。


 ダギー以上の、完璧な手加減で、

 ゲンに、痛みをあたえ続ける。


 その途中で、




「――ゲン・フォース。貴様はバカじゃないっ!!」




 アギトは、殴る手を休め、


「だから、理解できるはずだ! 私の強さ、その深さが! ダギーすら比較にならない命の頂点! 完成された武力の最果て!! これが、次期全宮家当主の力だ!!」


 まっすぐに、ゲンの目を見て、


「貴様にチャンスをくれてやる。貴様の人生において、これ以上ない最大のチャンスだ。――お前の人生は、今日、大きく変わる」


「……げほっ……」


 血を吐きながら、ゲンは、アギトの目をじっと見る。

 アギトは、たんたんと、




「――『2兆円』くれてやる。おまえに。お前だけに」




 ぶっちぎった覚悟。

 というより、怒りによる暴挙。

 2兆というその振り切った数字は『絶対にへし折ってやる』という底意地の表明。


 アギトは、自身の熱に突き動かされて、


「今すぐに一括で払うことはできないが、貴様には、必ず、2兆という超々々々大金をくれてやる。これは、駆け引きでもハッタリでもない。必ず払ってやる。私の名にかけて、必ず!!」


 今は無理でも、当主になれば、それだけの金を動かすことも不可能ではない。

 とはいえ、2兆ともなれば、さすがに、ポンとだせる額ではない。

 ギリギリの『全』投資。

 瀬戸際。

 嘘偽りない『全て』を賭す覚悟。


 この『投資』の根底は、怒りによる暴挙。

 しかし、同時に、やはり、アギトの覚悟の表明でもある。


 『この光景』を、

 異空間の外にいる『家族』たちは、

 黙ってみていた。


 誰もが押し黙って、趨勢を見守っている。

 ソレは、アギトの覚悟に対する理解を示す静寂。

 そして全宮ロコが刻んだ『異質な恐怖』からの沈黙。


 『金を稼ぐだけ』なら商人でもできる。

 稼いだ金を世界のためにどう使うのか――そこが『王の資質』の見せどころ。


 アギトは『王』として、

 ここで『振り切った大金』という核を落とす決断を下した。


 その決断を、

 家族は、黙認した。


「2兆円。その価値が、その現実の重さが、お前にはわかるはずだ。お前はバカなガキではない。お前は非常に聡明で理知的。私はお前を評価する。だからお前に益を与える。金だけではない。地位もあたえる。お前は全てを手に入れる」


 と、そこで、ロコが、




「非常に素晴らしい提案だわ。自殺するのはやめるから、ゲン、降参しなさい。そして、2兆円と地位を、ありがたくもらっておきなさい」




 ニッコニコ笑いながらそう言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る