想い出。

想い出。


 古参であるドナは、その目で、神の偉業を見てきた。


「真の高みは……言葉になどできるはずもない」


 ドナの中で、高次の暖かさが膨れ上がる。


「あの光に触れていない者に……理解など、出来うるはずが無い」


 ドナの全てが『光』に包まれる。



 ★



 ――あの『絶望を積む闘い』に、

 ドナは、後方支援として参加した。


 存在値1000という異常な力を持つ10000のバグ。

 無慈悲に、無感情に、ほとんど機械的に、

 世界を喰いつくしていく無上の地獄。


 当然だが、ドナは心底絶望した。


 あの日の痛みを忘れたことはない。

 あの狂った数年を、忘れることなどできない。


『絶対に無理……あれだけのバケモノを……一体を行動不能にするだけでも数日を必要とするような、ふざけたバケモノを……一日で10000体も……殺せるわけがない……』


 誰もが諦めた。

 ドナも、当然『全世界の終焉』を覚悟した。

 脳の中で確定される『すべてが食いつくされる未来』。

 その絶望は、あまりにも悲惨が過ぎた。


『あの地獄の戦争を……どれだけ苦労して終わらせたと思っている……どれだけの命を費やして……どれだけ……どれだけ……うっ……うぅ……』


 『鮮血時代を生き抜いた』という自負は、

 そのまま、『せっかく鮮血時代を生き抜いたのに』という重荷に変わった。


 人の弱さを痛感した。

 人の醜さも、脆さも、全て理解できた。


 ――『自分は強い』と思いながら生きてきたドナだったが、

 地獄の荒波に飲み込まれた結果、ドナは、

 ――『人間は弱い』という真理を思い知った。


 何も持たない者であれば、簡単に全てを投げ出していたことだろう。

 いっそ自殺できたらどんなによかったか。

 あらがうよりも、死んでしまった方がはるかに楽。

 事実、あの時、バグの脅威という精神負荷に耐えきれなかった大勢の弱者が自殺した。

 『どうせ、世界は滅亡するから』と『悪魔的な略奪』を行う者も後をたたなかった。


 だが、ドナには立場があった。

 簡単には投げ出せない『穢れの断罪者』としての責務があった。

 だから、必死になって抗った。

 気丈に、ドナらしく、高貴な魔女然として、

 必死に絶望に抵抗し続けた。

 しかし、その気丈さにも当然限界はあって、


『苦しい……辛い……これは、もうムリ……なぜ、私がこんな地獄に晒されている……私は、ただ……多くの命を守るために……必死に、これまで、ずっと、ずっと……なのに……なんで、こんなことに……どうして……苦しい……もう、イヤだ……』


 鮮血時代は、ドナにも『役目』があったから、最後の最後まで没頭できた。

 『偉大なる王』のおかげで、なんとか『未来』を描くことも出来たから、どうにか踏ん張ることが出来た。


 しかし、バグという絶望を前に、未来は描けなかった。

 バグは『存在値1000』という異常な力を持っていた。

 ドナの力では、何をしても抗えない相手。

 ドナは、決して非力ではない。

 むしろ、相当強い方。

 けれど『相当強い方』という程度では抗えなかった。

 それだけ、強大なバケモノだった。


『だれか……たすけて……』


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