指一本でコトたりる。

指一本でコトたりる。


「……『俺より弱いこと』を『理解できている』のはいいんだが、それを踏まえた上での動きがまるでなっちゃいない。……もちろん、お前だって『強者と戦ってきた経験』がゼロではないから、当然『100%出来ていない』というワケではないが……俺の視点ではゼロと大差ない」


「……くっ」


 深淵なる師の導きを受けている――『その喜び』はもちろんあった。

 しかし『このままでは、また、全ての厄介事を師に押し付けてしまう』という焦りが、平熱マンの心を強く蝕(むしば)んだ。


(もう二度と『御独りにはさせない』と……あれほど強く心に誓ったのに……何度も何度も誓ったのに……弱いボクは……毎度、毎度……『また御独りにさせてしまった』と無様に嘆くばかりで……何一つ……お役に立てないまま……ずっと、ずっと……)


 平熱マンが必死に磨いてきた力は、間違いなく『高み』にあった。

 『強大なる家族(ゼノリカ)』とともに切磋琢磨して、

 必死に磨いてきた力は、

 確定で『世界の最上層』にある。


 だが、それは現世の話。

 神の『遠さ』に、平熱マンは打ちひしがれる。



「師よ……ボクは……弱いですか……」



 闘いの中で、

 平はそう尋ねた。


 問われた先で、

 センエースは、


「違う。俺が強すぎるんだ」


 その言葉は、『チンケな慰め』でも『安い不遜』でもなく、

 『破格に重たい覚悟』の証。


 『全てを守るために最強であり続けなければならない』

 そんな『地獄の枷』を己に課した男の狂った意地の表明。


 『最強になりたかったから』という『純粋な欲望の下地』があったのは事実だが、

 しかし、『原動力がそれだけ』ではここまでたどり着くことはできなかった、というのも、また事実なのだ。


「お前は強い。俺の弟子なんだから、弱いわけがない。しかし、お前はまだ蕾。結局のところは、それだけの話。いつか咲いたら、その時は、ふんぞりかえって俺の隣にいればいい。『生まれたばかりの赤ん坊』が、親や家の心配をするんじゃねぇ」


 そう言って、

 センエースは、右手の小指だけを立てて、

 その小指の先で、平熱マンの首裏をソっとついた。


 指先が軽く触れただけ――なのに、

 次の瞬間、平熱マンは、

 ガクっと、膝から崩れおちて、


「……ぅ……」


 立ち上がることができなくなった。

 体内の血が止まったかのように思えた。


(体が冷たい……力が入らない……まるで血を塞(せ)き止められたよう……)


 経絡(けいらく)に対する逆流の圧。

 陽の気が散らされて、

 血の推動に妨害が加わる。


(師からすれば……ボクなど……指一本でコト足りる……ということか……)


 ようやく平は事実を理解する。

 これが、センエースと平熱マンの差。


 『最果ての向こう側に達した究極超神』と『神』の差。


「この世界の『ラスボス』は、あるいは俺より上かもしれねぇ……『その配下の一人』は、俺より弱かったが、この俺と『最低限』は戦えた」


 神はたんたんと、


「この世界において必要となる強さは次元が違う。俺に小指一本で倒されるようなヤツが役にたつコトなどない」


 冷たい口調で、辛辣に事実を述べたあと、

 少しだけ息を吸って、吐いて、

 言葉の性質を変化させる。


 冷たい口調から、

 暖かな声音に変えて、



「敵は強大だ。お前らを出すわけにはいかない。黙って俺に守られていろ」



 それは、天から降り注いでいるかのような、とても暖かい言葉だった。




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