狂う事すらゆるさない。

狂う事すらゆるさない。



 冷たい時間が流れていく。

 そんなおり、

 ――ソンキーが言う。


「一手一手が軽すぎる……そもそもの、根源的な、攻防のバランスに対する認識が甘すぎる。闘いになっていない。現闘や神闘がどうこうという次元に達していない」


「……」


「なあ、カス野郎。一つ教えてくれ……俺はいつまで、このくだらないギャグにつきあえばいい?」


「……っ……っ……」


 あとずさる。

 気力を狩りつくされた。

 まるで小動物。


「……っ……は……う……ぅう……」


 そんなウラスケの様子を見て、

 ソンキーは、軽く溜息をつき、


「この場からは動かず、使うのは指一本だけで、触られたら負け……この程度の縛りでは、さすがにヌルすぎるのか?」


 そうつぶやいて、

 少し空を見上げ、


「んー……しかし、それ以下なんて、何がある? もう、現状で、すでに、ハンデは精一杯……だろ? これ以上のハンデを背負うとなると、もはや、それは最低限の闘いですらなくなってしまう。俺はお前用のトレーニング器具じゃねぇんだよ」


「……っ……っ」


 過呼吸になり、

 上手に息を吐く事もできなくなった。

 全身の血が冷たくなって、

 頭を染める白色が、どんどん純度を増していった。


 頭の白が限界に達した時、


 プツンッと音がして、

 何かが切れて、


「は、ひゃははは!! か、勝てるわけねぇ! 紫の海は飲めませーん! ひゃはは!」


 歪んで壊れた。

 ソンキーの神気にあてられて、SAN値がマイナスになったのだ。


「殺せ、殺せ、ヒヒハハハハ」


 心を放棄した。

 発狂という、楽な道に逃げる。

 ――しかし、


「狂ったら終われる……とでも思ったか? 残念だが、逃避は許さない」


 そう言って、

 ソンキーは、人差し指をウラスケに向けて、


「――神の慈悲――」


 魔法によって、ウラスケは、


「かはっ……はっ、ひっ……は? え?」


 強制的に、正気を取り戻させられる。


 バグった頭を元に戻されたという無慈悲な事実に困惑し、

 けれど、錯乱逃避することも出来ず、

 ただ、ジンワリと、『とまらない狂気の渦』の中心でもがき続ける。


 その耳は、正確に、

 ソンキーの無慈悲な言葉をとらえてしまう。


「お前が自分の意思で選んだ『その場所』は、決して、『ビビって尻込んでいれば済む甘い世界』じゃない」


 空気が、危殆(きたい)に瀕する。


「――ここは神域。修羅の牢獄」


 命の岐路。

 幻想の虚空(こくう)。

 静謐(せいひつ)な黒銀。


「理解できたら、さあ……とっととかかってこい。今のお前に許されている行動はそれだけだ」


「……」


「何を黙っている? まさか、魂がすくんで動けないとでも?」


「……」






「――だったら、最初から、絡んでくるんじゃねぇよ」






 声が、一段階低くなった。


「……ぅくっ」


 思わず、息をのむウラスケに、

 けれど、ソンキーは止まらず、

 その極端なほどの凍える声で、


「ソードスコール・ノヴァ」


 そう詠唱すると、

 ウラスケの周囲に、100本を超える『魔法の剣』が召喚された。

 100本を超える魔法の剣は、

 それぞれ、自由意思を持っているかのよう、

 まるでニタニタと笑いながら、ウラスケをもてあそんでいるようだった。


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