寂寥感ではない何か。

寂寥感ではない何か。



「ぼくにとっての幸福は……いたって普通に……正常な家族の形成で……だから、ぇっと……」


「正常とは? 具体的に?」


 という問いに対して、ウラスケは、





「――異質を伴わないこと――」





 反射みたいに、最短の即答で答える。

 まるで暗記した問答。

 もはや早押しクイズ。

 正解かどうかではなく、いかに早く答えられるかが大事で……


「その答えが具体的だと思う?」


 問いの前で、空回りしてしまわぬように、

 無様に揺らいでしまわぬように、

 ウラスケは自分をしっかりと保って、


「具体的だ……ぼくにとっては……ぼくにとってのイヤなもの……その淘汰……が成された上での状態が……異質を伴わない正常……」


「イヤなもの、ねぇ。また抽象的になったわね」


 自分を保とうとした分だけ、

 『足下が揺らいでいるのだ』という自覚に繋がる。

 答えなんてない。


 ウラスケは、また、自分を見失う。

 若さという呪縛の底でもがき苦しむ。


 中学二年生。

 どこの誰であろうと、どれだけ高き血を有していようと、いっさい関係なく、

 無慈悲に襲い掛かってくる、例外なしの最大級に不安定な時期。


 青春は地獄。

 どれだけ大人が必死になって美化しようとしても無駄。

 この時期の『人格的揺らぎ』はえげつない。


 ――アスカが言う。


「正常という状態にも、家族という形式にも、あやふやさはともなう。『こうしたい』という明確な目標はなくとも、幸福になりたいかと問われれば、なりたいと答え、一応は、言葉にできる幸福という観念は持ち合わせている……それがあなたの現状ということで大丈夫?」


「……まあ……言葉という型にむりやりはめようとすれば……そうなるのかな……」


「それ、私と何が違うの?」


「……」


 彼女からの疑問符に、

 ウラスケはまた深く頭を使った。


 考えて、考えて、考えて、

 その結果、


「一つになって、最後にはゼロになる……普通に結婚とか……普通に最後を迎えるとか……そういう……」


 答えのない問題の中でアップアップになる。

 訳の分からない焦心が、ウラスケの目を曇らせる。

 不可解な焦慮。

 自分自身、何を不安に思っているのか分からなくなって、

 だからまた足下がグラついて、


「何が違うのかも……ぼくには……」


 寂寥感(せきりょうかん)ではないのだ。

 決して。


 彼は自覚していないが、

 彼にそんなものはない。


 『田中・イス・裏介』に、そんな贅肉はない。



「ぼくの中にある……漠然とした欲求は……その答えは……」



 ようやく気付く。

 実のところ、

 そんなものはないのだ。


 念のために生きているだけのウラスケに、

 本当の望みなどあるはずがない。


「そうか……」


 言葉にしてみて、気付いて、

 自分に対して失望する。


 ――誰もが一度は経験する、不安定極まりない『中学二年生』という地獄、

   その底で、ウラスケは『不透明な自分』という不条理な回答にたどりつく。


 明確であると思いこんでいただけで、実際のところはそうでもなかった。

 もっといえば、そういう視点から目をそむけていた。


 自分に期待などしていなかったが、

 ここまでカラッポだったのかと気付き、

 芯の気力がくじけた。


 ヘナリと歪む、ウラスケの軸。




 そんなウラスケを、

 ――ネオバグは、優しく抱きしめる。




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