『転』。

『転』。


「ぼくの真名は、『田中・イス・裏介』。同じ血が流れとる親戚は、全員、この『イス』という特別な名前を持っとる。どっかでスパイをやっとるオヤジの真名は『田中・イス・栄雅』。従兄の真名は、『田中・イス・東志』でも、ウチの母親は、ウチの家系の血が流れとる訳やないから、普通に、名字だけが同じで『田中貴織』……みたいな感じ」


「なに、それ……どういう系等の厨二?」


「言われると思ったわ……だから、言いたくないねん……こういうところも含めて、ウチの家系って、なんかヤバいんやって。わけの分からんハウスルールっていうか、掟みたいなのが、山ほどあるイカれた家で――」


「ていうか、聞きたいのは、そういうんじゃないんだけど」


「……ぇ、でも、他に隠している秘密とかは、特に……」


「……はぁ、もういい……」


 心底から、イラついている顔で、そう吐き捨てると、


「アスカの両親は、強盗に殺されたの。犯人はまだ見つかっていない。で、アスカは、なぜか、自分の両親を殺したのは自分だと言い張っているの。アスカが異常なほど自分を責める具体的な理由は知らないけど、たぶん、目の前で親を殺されたシーンでも目撃して、精神的に病んじゃったんでしょうね。以上」


「……」


「あー、つまんな……私、もう帰るから」


 そう言って、ナナノは教室から出ていった。


 彼女の背中を見送ってから、

 ウラスケは、ボソっと、


「……ぼくに出来る事は、なさそうやな……」


 そうつぶやいた。



 ★



 ――その帰り道の事だった。

 でたらめだった赤は昔、

 夕焼けが落ちて、

 世界が暗闇になりかけた、ギリギリの時間。


 自宅への近道である『極端に人通りの少ない路地』を歩いている時、

 ウラスケは、『歪な気配』を感じて、フっと視線をあげた。

 すると、

 その視線の先には、


「……繭村……アスカ……」


 マンションの屋上の淵に立っている彼女を見つけた。

 ひどくはかなげで、風がふくだけで壊れそうなほど脆そうで、

 けれど、どこか蠱惑的な……


「なにを……まさか――」


 その『まさか』を、彼女は実行した。

 彼女の体は、力なく、まるでスタント人形のように……

 

 気づけば、ウラスケは走り出していた……が、

 しかし、当然、間に合うワケもなく、


 ――グチャ。


 地面に頭から激突して、

 繭村アスカは潰れて死んだ。

 見間違えようのない投身自殺。


 凶悪にグロい命の終わりを目の当たりにして、

 ウラスケの全身に、ベッタリとした汗が流れた。

 臓器がギュっと縮こまって、

 重たい吐き気にさいなまれた。


「うぅ……」


 頭がグルングルンと廻って、

 気付けば、我慢できずに嘔吐していた。


「なんだ、これ……なんで、こんな……うぇ……おぇ……」


 フラついて、ついには、その場に倒れ込む。

 警察を呼ぶとか、救急車を呼ぶとか、

 そんな事を考える余裕はなかった。

 ただ、全身が痛かった。


 どこもケガなどしていないのに、

 なぜだか、全身の至る所から鈍痛を感じた。


「うぼぉぇっ……どうして……なんで……」


 生きるのが嫌になるほどの気持ちの悪さ。

 命を放棄したくなるほどの不快感。


 体の奥の方から、得体のしれない熱が発せられるのを感じた――


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