悪いな、センエース。

悪いな、センエース。


「タナカトウシからのメッセージだ。そのまま伝える……『やっぱり、お前、ワシが知っとるセンエースやろ』……とさ」

「なんで、そう思う?」

「……『なんとなく、そんな気がする』……だとよ」

「アホの答えだな」

「自分でもそう思っているようだ」

「はっ……」


 言葉を交わし合っている間も、

 空間は歪んでいた。

 次元がズタズタになっていく。


 世界そのものがボロボロになっても、

 二人の闘いは、情け容赦なく激化していく。


 互いが、互いの空気を掴み始める。

 となれば、今度は、呼吸の崩し合い。

 届いたと思ったが、すぐにオーラの冷遇を受ける。

 清涼な状態に戻って、だからこそ、より強く熱くたぎって、

 夢中を、断層にしていく。

 情動の飢餓と飽食。


 烈風(れっぷう)の深慮(しんりょ)が、

 風雅な幽玄に熔かされて萌(も)ゆる。



 高揚が連鎖して、

 加速していく。

 容赦なく、

 無様に、

 美しく、


「センエース……俺は、死ぬ気で積んできた。お前を超えるために」


「ああ、わかるさ、ソンキー。その強さに辿り着いた理由は、決して、トウシと合体したってだけじゃない。お前の根っこにある器……驚くほど強靭になっている。お前も、積み重ねてきたんだろう。俺を超えるために、俺に負けないほど。……誇らしいよ、偉大なる修羅よ」


 そのセリフに滲むのは、様々な覚悟。

 この上なく尊き神の王センエースの言葉を受けて、

 かつて最強だった偉大なる闘神ソンキー・ウルギ・アースは言う。


「俺は、自分が積んできた全てを誇りに思っている。だが、センエース……お前は、俺以上に積んだんだろう……わかる。お前が積み重ねてきたものが、俺には、デジタルに理解できる。ほかの誰でもなく、この俺だからこそ、十全に認識できる」


 ぶつけあった拳が、互いに『互い』を叩きこんだ。


 暗澹(あんたん)が心地いい。

 辿り着いた者同士の対話。

 鬱積(うっせき)が死んでいく。


 ――この瞬間のために、自分は存在していた――


 きっと、勘違い。

 だけれど、別にいい。


 互いに、互いを推服(すいふく)して、

 幽寂(ゆうじゃく)な手探りを積み重ねていく。


 ノイズなんてなかった。

 それは、

 どこまでも、いつまでも、美しい時間だった。


 すべての奇禍(きか)が祝福されていく。

 惨禍が艶やかに昇華されていく。


 カラめ手は、事前に封殺される。

 飛び道具では、もはや、互いを削り切れないと、同時に理解。


 結果、超近距離での、原始的な殴り合いに発展。

 異常に重たい粒子を放ちながら打たれた右ストレートは、

 コスモゾーンの法則によるコンパクト化を受けていなければ、

 宇宙を軽く崩壊させていたであろう狂気の一撃。


 出力はほぼ同等。

 頂点に達した神々の演舞。


 時には、古拙(こせつ)に、

 基本は、新手で、


 『なんだそれ、陳腐だな』と、ノスタルジックに笑ったり、

 『その逆新手は犀利(さいり)が過ぎる』なんて、瑞々しいモダンを気取ってみたり、


 ロマンスグレーみたいな、堅忍(けんにん)の精神を見せながら、

 たまに、端麗(たんれい)で絢爛(けんらん)なカラフルで攻めてみたり。


 灼熱が舞って、

 力は分解されて、

 抵抗と回転が揺らぐ。


 重心のズレだけが、世界の中心になって、

 物理が摂理を見失って、

 概念だけが満たされて、

 しかして、だから、神々は――




「悪いな、センエース」




 ふいに、ソンキーは、そうつぶやいた。

 声が拡散する。

 形なき音が、しっかりとした質量を持って、センエースの意識に届く。


「なぜ、あやまる?」


 センエースの問いに、ソンキーは答える。


「お前よりも『積み重ねた絶望』は少ないのに……俺はお前と同じ領域に辿り着いた。流石に申し訳なく思う」


「……そうだな。マジで謝ってほしい。……なんつーか、まるで、古い例えみたいだ。階段とエスカレーター。あるいは、休まないウサギ。……俺が、『真』に届くまでに、どれだけの絶望を積んできたと思っていやがる……」



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