黒い感情。

黒い感情。


「ぐはぁああ!」


 背中に直撃。

 アダムからすれば蚊を潰す程度の照射だったが、

 トウシの肉体には後遺症ものの大ダメージが入った。


 肉が腐って、内臓が部分的に潰された。

 携帯ドラゴンの自己修復機能が、今ほど高性能でなければ、このまま死んでいただろう。


「ぐぬぅ……がはっ……」


 倒れそうになったが、

 どうにか、踏ん張って、

 振り返り、アダムを睨みつける。

 そして、言う。


「頼む……頼みます……回復する時間をください……あなたの攻撃で更にダメージを受けてしまった今の最悪なコンディションでは、あなたとまともに闘う事はできません……お願いします……どうか……」


 全力の低姿勢。

 強者に対する弱者の態度。


 その姿を受けて、アダムは、


「主上様は、貴様の事を、大変、高く買っておられる」


 とうとうと語りだす。


「まあ、実際のところ、貴様には優れた才能がある。それは私も認めるところ。実に見事なものだ。狂気的と言ってもいい……それは事実……だが……」


 そこで、アダムの顔がグっと鬼になり、


「だからといって、不愉快であるという事実に変わりはない。憎いとか、羨ましいとか、そんなものではない。言葉に還元しきれない、この黒い感情。嫉妬などという俗な言葉に収めたくはないと強く思う、この重々しい情動を、貴様にぶつけたいと、私は、最初からずっと思っていた」


 否定の言葉を使っているが、

 結局のところは、人間臭い嫉妬でしかない。


 アダムは神を崇拝している。

 彼女にとって、神は全て。

 彼女の空であり、海であり、太陽。


 ゆえに、

 絶対的狂信者であるアダムは、

 神に認められているトウシの事が憎くて仕方がない。


「ここまでは禁じられていたため、手が出せなかった……が、しかし、つい今しがた、私は主上様から、『ミシャンド/ラを倒した今のタナカトウシになら、何をしてもよい』という許しを得た」


 ギラギラした獰猛な目でトウシを見るアダム。

 それは、まるで、獲物に食らいつく直前の、飢えた猛獣。

 飢餓で精神が錯乱している血気盛んな龍。


 彼女の想いを受け止めたことで、

 ようやく、トウシは理解した。

 ――アダムは止まらない。


「さあ、タナカトウシ。狂気的な頭脳を持つ者よ。貴様が、『主のヒイキ』を受けるに値する器かどうか、私がこの目で確かめてやるから……とっとと、かかってこい」


「くっ」


 聞く耳を持たないアダム。

 トウシは仕方なく、気力を絞って立ち上がる。

 握り締める拳。

 力が入らなくて、強くは握れない。


(こ、こんな状態で……っ)


 トウシは、なんとか、ボロボロの体を引きずって、アダムと対峙する。

 無数のジオメトリを背負い、

 魔力とオーラを総動員させた上で、

 高まった拳を交わし合い、

 武という言語で語り合う。


 ソンキーの修行と、ミシャンド/ラとの闘いを経たトウシは、

 『強さ』に対する理解を、かなりの密度で深めていた。


 ゆえに、ほんの数秒で分かった。

 アダムという狂信者の強さ。


(い、一個もあたらへん……何しても、全部、避けられる……全部の呼吸がズレる……まったく勝機が見えん……この女、ヤバすぎる……)



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