そして、トウシは、

そして、トウシは、


 ソンキーの静かな気にあてられて、トウシの魂が蒸発していく。


(ここは檻(おり)……カギのない牢獄……)


 音が消えていく。

 シンと響いて、冷たくなる。

 バキバキになったシナプスの応酬。

 実に高性能なノイズキャンセラー。

 頭の奥から、何かが分泌されている。

 それは、きっと、科学では解明できない根源的な『命』をつかさどる粒子。


(逃げ場のない、閉ざされた世界……しかし――)


 ハッキリと分かる。

 ジワリと滲んで、しみわたっていく。


(ヒビが……見える……)


 豪速で回転する思考が、ソンキーの拳をパノラマにした。

 意識の全てをもって、ソンキーの拳と同調する。


 『重なった』と電気信号で理解するよりも速く、細胞が核を枯らしてわめいていた。

 最小単位の震えを追い越していく、魂の号令。


 不思議と恐怖は存在しなかった。

 ――だから、


 トウシは、


 ……届く。






「――神化――」






 コンマ何秒だったか分からない。

 一秒をミキサーにかけて出来る、欠片の時間。


 トウシのオーラが、はじめて常識を忘れた瞬間。

 暴力的に膨れ上がる。

 そして、一気に収束した。


 いまだ一秒がはるか遠くで瞬く『そんなコンマの底』で、

 闘神ソンキー・ウルギ・アースのソウルレリーフは確かに聞いた。



「まだ、足りへん」


 ギュっと圧縮された時間の中で、


「……『この上なき闘神』と向き合うためには……最低でも、もう一歩――」


 トウシの意識だけが明瞭で、

 だから、


「――超神化――」






 一歩、先に進むカオスの螺旋。



 トウシは、ソンキーの拳に着地した。



 重力を感じさせないトウシの下肢は、

 止まり方を忘れた回転運動の中で、

 優等生なエネルギーたちと、

 おててを繋いでルートに乗って、


「ぐぬっ――っ!!」


 ソンキーの顎に、カカトを叩き込んだ。


 衝撃が弾けとぶ。

 ズシンと脳天に届く。


 少しだけよろけたソンキーだが、

 すぐに、グっと姿勢を戻し、



「俺を演算した上で、思考を放棄して飛びこんできたか」


 二人の距離が、わずかに開く。

 ソンキーが求めたその距離は、

 実際のところ、かなり短いが、

 トウシの視点だと時空の彼方。


「真理を失った果ての二律背反。あるいは、主とすべき命題と合理に対するトレードオフ。なんにせよ、一歩先に踏み込んだが故のハイリターン」



 言葉が波になる。

 押しては引いて、

 揺らぎを包み込む。


「賞賛に値する」


 お褒めの言葉を受けて、

 トウシは、けれど、


「……はぁ……はぁ……」


 バッキバキの目をひん剥いて、必死に呼吸を整えることしかできない。

 そんなトウシに、ソンキーは言う。


「神になった気分はどうだ、タナカトウシ」


 明確に問われる。

 回答を求められていると理解して、なお、


「……はぁ……はぁ……」


 いまだ、呼吸が整わず、無粋な呼吸を繰り返す。


 心が燃え盛って、凍え切って、

 そして、もちろん実際のところは、

 そのどちらでもないという面倒極まりない混乱。


 フワフワとしていながら、ビリビリとしている、

 そんな厄介な時間の消化に全神経がからめとられる。


 けれど、その面倒な拘束も、永遠には続かない。

 適切な時間経過で、意識だけは正常に近づく。

 だからこそ、


(ワシは……)


 自分という概念そのものに困惑している。


 そんなトウシに、


「最初に、事実を伝えておこう。タナカトウシ……お前は天才だ。俺に匹敵する」


 ソンキーの言葉が、トウシの耳を撫でた。


「ワシは……どうなった?」


「扉を開いた。現世の限界を超えた。今、お前は、神の領域に辿り着いた。いや、正確に言うと、神を超えた世界に辿り着いた」


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