本気の……

本気の……


「あいつは、俺の一歩先を行ったが、それでも、まだ、『永遠に手探りを続けていく無間地獄』の中にいる。究極超神の序列一位。神界の深層を統べる暴君にして、運命を調律する神威の桜華。舞い散る閃光。……そんな最果ての地位にあって、しかし、まだ……」


「……」


 ソンキーは、自分の両手をみつめながら、


「必死にあがいて、苦しんで、もがいて、どうにか枠から抜け出たと思っても、気づいたときには、また、『一回り大きな枠』の中でもがいている。いつだって、誰だって……」


 痛みを含む声。

 破格のイケボだけれど、脆い弱弱しさしか感じない。


 高みに立って、だからこそ見える弱さを背負い、

 ――ソンキーは言う。


「俺は、誰かにモノを教えるのが嫌いだ。向いていないし、やりたくもない。だから、俺は、お前に講義はしない」


 その発言を受けて、

 トウシは、軽く苦笑いを浮かべ、


(すでに、ここまでの段階で、それなりに、やってもらえとる気もせんではないけど……そのへんは、黙っとこか……)


 心の中で、ボソっとそう言った。

 そんなトウシの心情に関しては鈍感なソンキーが言う。



「ウォーミングアップはもういいだろう。というわけで、これから、俺はお前を――」



 ソンキーの視線が、そこでギンと鋭くなって、






「――本気で殺しにいく」






 重量のある発言を受けて、トウシは、思わず息をのんだ。

 心がズシンと重くなる。

 一瞬、クラっとして、

 けれど、


(ワシは、おそらく……)


 どうにか、


(世界で最も幸運な生き物……)


 自分を立て直す。


 ――『己がいかに恵まれているか』という理解と、

   『ここで折れたら、本当に終わる』という認識が、トウシの両足を支える。


 理解が本能を追い越していく。


(これほどの『偉大なる闘神』から、『本気』の手ほどきを受けられるヤツが……はたして、ほかに、どんだけおるやろうか……)


 脳汁があふれた。

 バチバチと、全身がしびれている。

 一筋の、感極まった涙が流れた。


 トウシの両目は、

 ひたすらにソンキーをとらえていた。

 一秒たりとも、目を離すことができない。


 ――ソンキーは言う。



「出し惜しみはするな。時間をかけようとするな。脆さや弱さに甘えるな。ただ全力で、お前の全てを俺に叩きこめ。できなかったその時は、そのまま黙って死ぬがいい」



 トウシの『認知の中』で、ソンキーの威圧感が、『絶望的なほど具体的』になっていく。

 特に、強大なオーラを放っている訳ではない。

 覇気は抑えられており、表情以外は、とても穏やかで、静かで……

 なのに、


(嵐の中……)


 無慈悲な暴風に晒されている。

 極度の不安定に包まれた。

 視界が狭くなる。

 ドクンと跳ねる心臓の音がやけに大きい。


 ゆったりと、ソンキーは、武を構えた。

 柔らかに、しなやかに、肘を曲げて、

 フワっと、遊びを残した拳を握る。


 その姿を見ると、トウシの脳はキュっとなった。

 気付けば無呼吸になっており、

 心臓も、かすかにトクっと、

 まるで空気を読んで気配を殺しているかのような、小さな鼓動に変化していた。



(――死を『受け』る――)



 脳が、異常なほど活性化しているのに気付く。

 トウシの目は瞬きを忘れていた。

 乾いていくのは、眼球だけではなく、全身のすべて。


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