究極のセーブデータ。

究極のセーブデータ。



「俺がスマホでやっていた携帯ドラゴンのデータを! お前に転送するとかぁ!」


 そう叫んだ直後、


 携帯ドラゴンがクルっと背中を向けた。

 その背中から、ペカーっと光が出てくる。

 その光は、エアウィンドウとなり、そこに文字が表示された。

 内容は、



『可能です』



「ま、マジか! なら――」


 そこで、エアウィンドウの文字が切り替わり、


『そのコマンドを実行するために、全てを捧げられますか?』



「……すべてを……ささげ……どういう……」



『センエースのセーブデータは強大です。あれほどのデータの転送には莫大な魂魄が必要となります。最低でも、あなたの魂魄全てが必要です』


「……全てを捧げるってなったら、その時点で死ぬから意味がな――」


『全てを捧げるという意志を示すのであれば、携帯ドラゴンに、迎撃プロラグムをインストールさせていただきます。あなたとの接続が切れても、携帯ドラゴンは十五分ほど稼働できます』


「俺が死んでも……お前がオートであいつらを撃退してくれるようになるって……ことか……」


 ピーツは考える。

 必死になって考える。


「……」


 三分間が、おそろしい速度で過ぎていく。

 脂汗が浮かんでは流れていく。


 『自分とは関係のない命』と『色々なもの』を天秤にかけた。

 『今さっき、はじめて顔を見た赤子の命』と『たくさんのもの』を天秤にかけた。



「バカバカしい。なんで、知らんガキのために、ここまで悩む必要がある。しったことか。ガキなら偉いのか。どこにでもいるガキ。赤ん坊だからなんだってんだ。甘えんな。泣くことしかできない無能が。泣きたいのはこっちだ。言っておくが、テメェが将来犯罪者になる可能性だってあるんだぞ。1000人を殺す殺人鬼になる可能性。功利主義どうこう関係なく、そんなヤツは死ぬべきだ。つまり、赤子だったら偉いわけじゃねぇ。だから、つまり、だからぁあ……――」


 悩みが加速する。

 天秤にかけた『自分の命』がどんどん重くなる。


「残り、一分」


 亜サイゾーの言葉が耳をつく。

 おそろしくはやい、二分の経過。

 そんな、

 異常に進む速度がはやい時間の中で、

 ピーツは、




「不良になる可能性もある……なんて、そんな領域でモノを話すなら……逆に、このガキが『救いのヒーロー』になる可能性だって、あるだろ……」




 ボソボソと、


「もし、このガキが、将来、1万人を救う存在になったらどうする……その責任を……俺はとれるのか……って、は、はは、なんだ、それ……責任なんかあるか。なんだ、この考え方……意味不明……あれ? もしかして、俺は……死にたいのか? 違う……そうじゃない……くだらない……なんで悩んでいる……それは……イヤだから……なにが……わからねぇ……いや、ほんとは分かっている……」


 悩みは、どんどん膨らんで、


「目の前の命をないがしろにしたら……俺が俺でなくなる気がしたから……あ? なんだ、それ……意味不明……自分の命はないがしろにしていいのかよ……そうじゃない。この思考も結局は言い訳……意味のない……」


「残り30秒」


「結局のところ、ただの意地。無意味で無価値……いや、それも違う。少なくとも俺は、『目の前に困っている人がいるから助ける』とか、そういう高尚な人間じゃなくて……いや、それも違う。ただ、俺は……誰からも愛されていない、ただのボッチで……」


 と、そこで、

 ようやく、ピーツは、ハっと顔をあげる。

 そして、モニターを見る。

 必死になって、いなくなった我が子を探している母親の姿を見て、


「ああ、そうだ。……ソレだ。それが答えだ」


 解答にたどり着く。


「いなくなったら必死になって探す母親が、このガキにはいる……俺にはいない……」


 なんだか、肩の荷がおりたように、

 ニィっと、自嘲して、




「……充分な理由だ」

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