命の重さをはかる天秤。

命の重さをはかる天秤。


「全力で時間を稼ぎ、必死に方法を考えている……というのが、手に取るように分かる。あまりにみっともない姿だ」


 的確に言い当てられて、思わずピタっと黙ってしまうピーツ。

 そんなピーツに、

 亜サイゾーは続けて言う。


「ここで、もう一つ、貴様の『心を乱す道』を用意しよう。このガキが死んだら、貴様は助かる」


「……は?」


「携帯ドラゴンの所有権は与えないが、ここから脱出する許可は与える。簡単に言うと、貴様は、この赤子が死にさえすれば、のうのうと生きながらえる事ができるという事だ」


「……」


「もう一つ言っておこう。このガキの魂魄は、最終的にパラミシ・アジ・ダハーカに喰わせる。パラミシ・アジ・ダハーカは最高クラスの邪龍。『最高クラスの邪龍に飲み込まれる』ということの意味をシッカリと想像しろ。それすなわち、このガキは、深い闇の底で、永遠に苦しむ事になるということだ」


 ようするに、『ミシャが、クソ貴族に対して行った』ような、

 多大な『地獄の苦痛』を与え続ける空間に放り込むと言っているのだ。

 『邪』の属性を持つとは、そういう意味も含む。


 ※ ミシャが故郷で奪った多くの命は、センエースによって『魂の救済』を得ている。

 その際にセンエースが払った代償はハンパじゃない。

 センエースが、ミシャの重荷を背負ったとは、そういう意味で――



「3分間待ってやる。意味のないおしゃべりで時間を稼ごうとしなくていいから、とにかく考えろ。思考放棄したければ好きにしろ。このガキを見殺しにして生きながらえる。それも一つの手だ」



「…………………………」


「あと2分55秒」


 無慈悲に過ぎていく時間の中で、


「は、はは……助かった……そのガキが死ねば、俺は助かるんだ。はは、ラッキー。なんだよ、楽勝じゃねぇか……よかったぁ……は、はは……」


 などと言いつつ、

 ピーツは、眠っている赤子に視線を向けて、


「俺の助けなんて、期待すんなよ……俺は、別に、救いのヒーローってワケじゃねぇんだから……」


 ブツブツ言いながら、

 油汗をダラダラと流し、


「俺はヒーローじゃない……救えない命があるのなんて、当り前……ここだけじゃなく、今も、どこかで、命は壊れている……お前の小さな命は、そんな大多数の中の一つってだけ……そんだけ……」


 誰だって、一目で分かる高次の葛藤。

 フル回転しすぎて、今にも煙が出そうになっているピーツの頭。


「俺じゃあ、助けられない……何も出来ない……だから……つまり……」



 グルグル、

 ギリギリと、



「無理だから……俺じゃあ……だって……どうしろってんだよ……いや、だから無理で……だから、その……ようするに、不幸は、ここだけで起こっている『特別』じゃなくて、世界中の……どこでも……だから……」


 脳内の軋む音が聞こえてきそう。

 そんな中、



「ここ以外のどこかでも、不幸が起きている……かどうか……なんて……」


 ピーツは、






「知ったことかぁああ……」






 ボソっと、


「目の前の……小さな命の一つくらい……『出来ることなら』って……『それぐらいなら』って……そう考える、このクソみたいな偽善を……ハナから一々否定していって……それで……何になるんだ……」


 ギリギリと奥歯をかみしめて、


「くだらねぇ! 意味がねぇ! 無価値! ――そうじゃねぇんだ! 本質がどうとか、真理がどうとか、マジでくだらねぇ! 俺が今、やらなきゃいけねぇことは! この、クソしょうもねぇ『偽善』を! どうすれば昇華できるか! そんだけぇえ! だから、考えろ! 思いつけ! 頼む!」


 髪を振りみだして、

 頭をガシガシとかいて、


「なにか! なんでもいい! なにかぁああ!」


 と、そこで、


「きゅい!」


 すでに『亜サイゾーにシバかれた際のダメージ』が完全回復している携帯ドラゴンが声を出した。

 正直なところ、『声をかけてきたのかどうか』の判別はつかない。

 だが、携帯ドラゴンは、まっすぐな目でピーツを見て声をだした。

 それは事実。


 ピーツは、携帯ドラゴンの目をまっすぐに見つめて、


「なにかないか! お前に! 何か特別な機能とか! た、たとえばぁ!」


 携帯ドラゴンをガシっと掴んで、

 目と鼻の先で、






「俺がスマホでやっていた携帯ドラゴンのデータを! お前にインストールするとかぁ!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る