夜明け後。

夜明け後。



 朝の柔らかな光が差し込む一室。

 大きなベッドの上で眠っていたゴートは、自身の覚醒を感じたと同時にパっと目を開けて、ムクっと上半身を起こした。


(ほんの数日しか経っていないというのに……このトンデモ状況にも、すっかり慣れたな……人間の適応能力は凄まじい。まあ、今の俺は人間ではなく魔人だが……)


 心の中でそうつぶやきながら、隣で横になっているリーンの髪をなでる。

 起こすつもりはなかったが、ゴートの手のぬくもりで、リーンは目をさまし、ムニャムニャいいながら、もぞもぞとゴートに抱きついてきた。


 リーンの体は、少し冷たい。

 血の流れがわずかに停滞している。


 ――だから、

 そんな彼女に、ゴートは、



「……まだ不安か?」



 そう声をかけると、リーンは首を横に振った。

 まだ、目はトロンとしており、完全に覚醒しきっていないが、

 しかし、彼女はゴートに対してハッキリと、自分の意思を告げる。


「……何の心配もないと言えばウソになる。けれど」


 そこで、リーンは、ゴートの手をギュっと握りしめ、


「もう妥協はしないと決めた。最後の最後まで、ワシは、あなたと共にゆく」


「それでいい。俺の背中だけ見てろ」


 言いながら、ゴートは、一度、リーンの小さな体をギュっと抱きしめてから、ゆっくりとベッドから立ち上がり、脱ぎ捨てていたローブを雑に羽織る。


 寝室を後にしようと扉に手をかけた時、後ろから、リーンが、


「ラムド……また、こんな早朝から鍛練か? ……また……あの妙な部屋で……ボロボロになって……」


 心配そうな声でそう言ってきた。

 『世界の状況』というものに対しては、もう、そこまで心配はしていない。


 リーンは、ラムドと共にいくと決めた。

 ラムドと一緒なら、こわいモノはない。


 だが、それゆえに、ゴートの身に関しては、ひどく心配してしまう。

 いつもいつも『あの妙な部屋』で、ボロボロになるまで鍛練を行っているゴートに対して、湧き上がってくる不安は消えない。



 リーンの心配を受けて、ゴートは、少し遠くを見ながら言う。


「全部を背負って闘う力がいるからな。今のままじゃ……まだ足りない」


 ゴートの頭の中にある心配の種は、フッキ・ゴーレム。

 エレガを暗殺すればフッキは止まる。

 そんな事は知っている。

 『なぜ知っているのかわからない』が、とにかくそれは知っている。


 だが、もし、エレガ暗殺に失敗したら?

 エレガを暗殺する前に、フッキが動き出してしまったら?


 その可能性は、いつだってゼロじゃない。


 だから、ゴートは決めた。

 『エレガ暗殺を主軸にして事を進めていく』が、それと並行して『フッキを倒すために強くなろう』と。


 ――気負っているゴートに、リーンは言う。


「無茶をするなとは言わん。しかし、一人で抱え込むのはやめてくれ」


 今のゴートの背中は、リーンからすれば、見ていられない。

 毎日、毎日、ボロボロ、クタクタになって帰ってくる姿――


「辛い時は、必ずワシを頼ってほしい。もう二度と、あなたを一人にはさせたくない」


 そんなリーンの言葉に対し、

 ゴートは、ニっと微笑んで、


「前に進む過程を辛いと思った事は一度もない。それに、何度も言っただろ。俺は今までで、孤独だったワケじゃない。没頭していただけだ。つまり、孤独ではなく孤高だった」


 ラムド・セノワールの人生は、どこかで『38歳のセンエース』とかぶるものがある。

 常に、自らの意思で孤高を貫いていた求道者。


 立場が立場なので、それなりに部下はいたが、しかし、ゴートの立場は、あくまでも、司令官であり、彼らとつるむような事はしなかった。


「愚者を演じて世界を騙しながら、入念に牙を磨いてきた狂気のマッド召喚士、ラムド・セノワール。俺は、『俺』を貫く。そのための力がいる」





【後書き】

リーンは二十歳をこえていますよ。

こえていますからね!

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