チャンス

チャンス


 いうまでもないが、『使わない』と『使えない』の差は大きい。


 時間的な制約があろうとなかろうと、『使う事はできる』という前提さえあれば、

 ――『エグゾギアの圧倒的な力があれば、なんだかんだで、すべてひっくり返すことも不可能じゃない』と思う事が出来、結果として、最後まで折れずに闘う事ができる。

 現実がどうこうではなく、心の奥底で、そう思えるか思えないか。

 精神的支柱とは、そういうもの。


 ――これは、『センエースに会えるかどうかは関係なく、センエースが消えればゼノリカが瓦解してしまう』のと同じ理屈。



 『支え』の有無で『器の強度』が変わってしまうのは、

 ある意味で、人の『強み』とも呼べるが、しかし、

 人という『命』の『弱さの象徴』であるとも言える。



 ※ ご存じのとおり、センエースの精神力はハンパじゃない。

 どれほどの絶望を前にしても、諦めず、最後まで闘う事ができる、精神の逸脱者。

 だが、『ゼン』には、『エグゾギア』という支えがあった。

 支えに依存していた事で、その分だけ、心に弱さが産まれていた。

 センエースの『最大精神力』は確かにハンパじゃないが、『十数年しか生きていない現時点』では、まだまだ生き物として未熟なため、その身に内包されている『とてつもない精神力』をコントロールしきれていない。




 そして、なにより、センエースだって、

 そもそもの『人間としての弱さ』を持たない訳じゃない。




 ――センエースは、最初から『無敵』だった訳じゃない。

 ありとあらゆる弱さを乗り越えて、命の果てへと至った。


 それは、存在値や戦闘力だけではなく、精神力だって同じ。

 今のゼンは、ほとんど絶望を乗り越えていない十代の子供。

 ――当然だが、センエースほど無敵じゃない。



 依存していた対象の消失。

 ソレによって生じてしまった『弱さ』が、ゼンの核を『重く』する。



「さて、現実が見えてきたようだし、それでは、絶望の続きといこう」


 再開された闘いにおけるゼンは酷かった。

 動きは鈍く、抵抗は脆い。


 ハッキリ言って、闘いになっていなかった。

 ゼンは決して折れたワケではなかったが、折れていないだけだった。


 勝ちの目はなかった。


 結果、最初から最後まで、ボッコボコにされた。


 ――地に伏せるゼンを、アビスは踏みつけて、


「私と、ここまで戦えた君は、間違いなく強い。だが、『強さ』など、『頂点』でなければ、なんの意味もないという事が、よく理解できただろう?」


「……そう……だな……」


 ボロボロのゼンは、


「お前の言う事は……いちいち正しい……」


 惨めな現状を飲み込んで、


「正直……かなり強くなれたと……自惚れていた……『弱さ』を理解できるくらいには……強くなれた、と……けど……」


 ゼンは、いろんな感情を含んだ涙を流しながら、


「俺は……ただのゴミだった……何も出来ない……ただの……」


「いや、君は強い」


 自己全否定に陥りそうになったゼンに、アビスは言う。


「そして、強くなれる可能性も秘めている。今は、足りない部分があるだけだ。不足を補って、根柢の魂を磨き続ければ、いつか、本当の強さを手に入れられるだろう」


「……」


「負けたとはいえ、私とここまで戦えた君は非常に素晴らしい。君は価値がある。だから、特別に、チャンスをあたえよう」


「……ちゃんす……?」


「足りない部分を補うチャンス。まずは、最低限となる『非情さ』を手に入れるのだ」


「……」


 そこで、アビスは、ゼンを踏みつけている足をどけた。

 そして、いまだ、スロウ状態の中にいるハルスたちを指さして、


「彼らをその手で殺したまえ」


「っ」


「君の『中』には、ずいぶんと『ヌルい甘さ』がみられるように思う。それではダメだ。徹する事すら出来ぬ者に未来はない。『己のために、他者を食い尽す気概』もない者など、頂点には辿りつけない」


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