切り刻まれるリーン。

切り刻まれるリーン。


 歪んだ理屈が場を整えていく。

 欲がぶつかりあう。


「全面的に賛成するわ」


 サーナが、カバノンに同調し、

 空気が、一気に、そっちへ向かっていく。


「こたびの話し合いで二つの事柄が明らかになった。まず、勇者殺しというラムドの罪は、決して不問にはできるものではないということ。そして、魔王国ではラムドという巨大な力を管理できないということだ、こたびの事件で、ラムドの重要性と危険性は、だれしもが充分に理解できた事と思う。よって、私はここで、ラムドの所有権を、全世界の首脳陣で共有・監視する『ラムド管理委員会』の設立を提案したい」


 着せた罪を鎖にして、縛り付ける。

 無上の侮辱。


「共有と監視……素晴らしい提案だ。私も全面的に賛成する」

「委員会の設立……異論の余地がないわね。我が弟を殺せたラムドの力は放っておけないわ」

「となると、問題は、中核となる管理権、委員長の席に誰が座るかが――」

「ならば、ここは、我がセア聖国が責任をもって――」

「いやいや――」


 ここにいる連中は皆、リーンの目の前で、魔王国の財産を、

 魔王国の基盤――もはや主権そのものともいえるラムドを、

 リーンが、この世界で最も尊敬している友を、旧き臣下を、

  ――愛国心の欠片もない召喚バカだが、

  しかし、けれど、なんだかんだ言いながら、

  リーンの理想を叶えるためには不可欠な『最も面倒でしんどい仕事』を、

  いつだって、誰よりもたくさんこなしてくれた男を――

 欲望のおもむくままに取り合っている。



 やつらは、ラムドに殺人犯の汚名をかぶせ、

 ラムドが心血を注いできた研究結果を奪おうとしている。



 ――リーンの心は、切り刻まれていく。



 こんな現状で、それでもリーンが『叫びたい気持ち』を飲み込んだのは、ここで叫んだら戦争になると理解できているから――というのも、とうぜん理由の一つだが、けれど、それ以上に、『この狂ったような場で何を発するのが正解なのか』という、そのイカれた問いの答えが見つからなかったから。


 簡単に言えば、この場において、リーンは誰よりも『正常』だった。

 しかし、『国際政治』は『冷静に狂っている者』が勝つゲーム。

 『誰よりも大声で不条理を叫べた方が勝つ』というルールが支配的な遊戯。

 つまり、誰よりも正常なリーンに勝ち目はなかった。







 なぜ、こんな混沌になったのか。

 理由は一つ。

 ――やはり、どの国にとっても、勇者が負けるのは想定外だったから。


 勇者が勝つ事、その上での行動しか想定していなかった。

 勇者は制御できない。

 いずれ爆発する。

 それは止められない。

 ならば、それを踏まえた上で最大限の利益を取る。

 魔王国が滅びる事を前提としたプラン。


 リーンの統治がなくなる事による弊害。

 それだけを考えていた。


 だが、狂った。

 まさか、勇者が撃退されるとは誰も思っていなかった。

 ラムドの異常性は理解しているつもりだったが、まさか、勇者を超えているとは思わなかった。

 ゆえに、この案件でもっとも中核にいるセファイルは無茶な強硬策に打って出るしかなくなった(現実の話、別に『そうするしかない』という訳でもないのだが、けれど、なのに、『そうするしかない』という謎の焦燥感にかられた。セファイル自身でも高次理解は出来ていない衝動的結論。国なんて、しょせん、人の集まりでしかないという証拠)。



 もともと、南大陸の支配権は、フーマー以外の『全ての国家』が望んでいた。

 もちろん、『全員』が同じ事を想っていたという訳ではない。

 特に、平和主義者(という名の日和見主義者)が多いセアとミルスでは、魔王国を生かさず殺さず、節度を持って搾取し続けていけばいいと考えている者が、比較的だが少なくはなかった(そういう者達は、価値観の違う者――『異端』扱いされ蔑視されている傾向にある)。



 いつだって、どこでだって、思想とは錯綜するもの。

 気付けば理念すら見失って、自ら不条理を積み重ねて腐っていく。

 誰も説明できない矛盾や衝突の中で狂っていく。


 リーンは、そんな人類の道標になろうとした。

 魔人や南大陸だけではなく、人類全て――この世界を守ろうとした。

 だが、その高次が過ぎる思想は、当然、なかなか理解されない。


 不調和が渦巻く地獄の底で、リーンは平和の価値を訴え続けた。

 脳内お花畑と揶揄されている事は知っていた。

 というか、



 ――そう言われるようにしむけてきた。



 脳内お花畑な王が支配する国と戦争をしようとする国は悪である。

 その空気を広める事を目的とした。

 ある種、暴力的なほど、温かい平和を訴えてきたのは、

 もちろん『自身の望みであったから』だが、

 それ以上に、外交的・政治的な目的があった。


 リーンは、狂気的な合理主義者だった。

 あえて言うならば、『正しさ』しか理解できない欠陥品。


 ゼノリカを持つアルファでならば、リーンは管理者たりうる。

 だが、ここは、魂魄の質が悪いと言わざるをえないエックス。


 リーンが望むような、命の調和など起こり得ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る