ありがとう

ありがとう


 その三つの大事件を『一人で解決した神帝陛下』という存在については、疑ってかかっている者の方が多い。

 ありえないだろう。

 それが基本的認識。

 それが世界の事実。

 しかたがない現実。


 ――しかし、その『三つの歴史的大事件そのもの』をフィクションじゃないかと疑っている者は少ない。


 三つの大事件は確かに起きたのだ。

 数千年経った今でも、傷跡は残っている。

 それに、その三つの事件があったからこそ、第2~第9アルファは一つになった。

 それほどの大事件でもなければ、世界がまとまることなどありえない。


 単純な理屈。


 だから、誰もそこは疑っていない(まあ、もちろん、世界を見渡せば、とことん頭がおかしい奴もいない訳じゃないので、三大事件すらフィクション扱いしているラリった懐疑主義者もゼロって訳じゃないが)。






 ――かつて、世界は驚異的な滅亡の危機にさらされた。

 けれど、ゼノリカがいたから世界は救われた。


 ……UV1は、ずっとそう思っていた。

 ゼノリカが動き、世界が一つになって、

 だから、

 『どんな絶望にも立ち向かえたのだ』と、

 今まではずっと思っていた。



 ゼノリカが優秀だったから、世界的な危機も乗り越えられた。

 なんで、無邪気にそう思えたのか?

 簡単な理由がある。




 UV1は、

 というより、『あの時代を経験していない者』は、

 ――本物の絶望を知らないから。






 しかし、UV1はようやく絶望を知った。

 絶望ってのは、こういうことだ。

 絶望とは、『頑張れば乗り越えられるハードル』の事じゃない。

 『何をしてもビクともしない壁』を絶望という。


 対処方法がない。

 ただの地獄。

 目の前が真っ暗になる。

 ただ、己の無力を呪い死ぬしかない。


 これが絶望だ。


 既に平定された世界で、『確かに、競争は激しかったかもしれない』が、

 所詮は、ぬるいセーフティの中でヌクヌクと、

 優しい命を謳歌しているだけの者に理解できる概念じゃない。







 ――『悪』を理解しろ。

 神に、そう言われた時、パメラノだけが即座に『理解(誤解)』できたのは、彼女だけが本物の絶望を知っていたから。



 ――それでも、立ち向かった者を知っていたから――



 その価値と重さがキチンと理解できていたから。


 『勇気』は、バカにするだけでいいなら誰にでも出来る安い概念だが、

 本物を掴もうとすると、とたんに、この世の何よりも重くなる理想。



「終わりの見えない大戦争、3柱の至天帝陛下たちですら勝てない化け物や神……世界は、かつて、『いまの私が経験しているこの終わっている状況よりも詰んでいる絶望』にたたき落とされた。それは事実……なのに、なぜ世界は終わらなかった? なぜ世界は救われた? ゼノリカが優秀だったから? 本当にそれが理由?」


 自問自答。

 事実・現実を体感して、習った歴史が補強されていく。


「私は優秀だ。ゼノリカの天下、百済の頭目。神に最も近い超人。だが、その私は今、7体のイフリートという、どうしようもない絶望に囲まれて、動けずに、ただ嘆いている……この状況よりも酷い状況だった世界が……どうして救われた?」


「……」


「だから、思った。いたのかもしれないって。どんなに苦しくても、どんな絶望を前にしても、それでも絶対に諦めなかった『誰か』が……センエースという偉大なヒーローが……いたのかもしれないって」


「……」






 だから、UV1は、



「……ありがとう」



 天に向かって、ボソっとそう呟いた。

 心から零れた言葉。

 形式上の美辞麗句(リラ、リラ、ゼノリカ)じゃない。

 本物の感謝。


 別に、まだ、心底から『実在する』と確信した訳じゃない。

 まだまだ半信半疑。


 けれど、もし実在したのなら、

 いくら感謝しても、感謝しきれない。






 そして、

 だから、



「きっと、無駄。単純な算数。足りていない。無意味。わかっている。――それでも……最後まで抗ってみせる。ソレが出来ないのであれば、ゼノリカの一員を名乗る資格なし!」



 UV1は、


「……私はヒーローじゃない……」


 自分の左胸に、己の右拳をソっとあてて、スゥっと息を吸って、


「それでも……叫び続ける勇気を」


 キっと前を向いて、


「ぶっ壊れて、歪んで、腐って、けれど、わずかに……でも確実に残っている、この想いのカケラを集めて……最後の最後まで……抗ってやる」


 UV1とゴートの会話を最後まで黙って聞いていたイフリートを睨みつけ、






「コスモゾーンよ、一分でいい! 60秒後に死んでいい! だから――」






 覚悟を宣言する。

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