辞世の句。

辞世の句。


 ただ、普通に、状況が詰んでいる。

 こちらは、王将と歩だけ。

 敵は飛車を七枚投入してきた。

 どないせぇっちゅうんじゃ。



 王の八方が無数の飛車に囲まれているという、このふざけた状態で、まだ諦めずに闘おうとするのは、勇気があるとかではなく、ただの状況が理解できていないアホだ。


「は、はは……ははは……くそったれ……」


 ゴートは、ついに笑う事もできなくなった。

 絶望に対する怒りが沸きあがってくる。


「な、なんだ、俺の人生……」


 つい、ゴートは、ただの本音をこぼす。


「ずっと、ずっと、ずっと……なんだ、これ!! くそがぁああ!!!」


 第一アルファで散々地獄を見せられて、

 絶望の果てに消滅して、

 せっかく異世界転生できたと思った矢先、

 ノンストップで次から次へと襲ってくる地獄。


 辛い事、苦しい事、痛い事、嫌な事ばっかりが、

 ずっと、ずっと、ずっと……



「……く、そが! ざけんなぁああ!!」



 ノドが千切れそうなほど叫ぶ。声帯が熱い。

 喉元を過ぎても残る不快感が全身を支配する。



 ――その間、イフリートたちは、ゴートの絶望を黙って聞いていた。

 有言実行。

 辞世の句を、黙って聞いている。



「なんっなんだよ、俺の人生! マジで、なんで、俺ばっかり、こんな!!」



 膝から崩れ落ちる。


「異世界転生っつったら、流行りはモフモフとかほのぼのとかスローライフとか! そうでなくとも、チートで楽勝が基本だろ! ざっけんなぁああ!」


 我慢の限界。


「なんもかんも、なんもかんも!! なんっもっかんもぉおおお!! くそがぁああ! なんっなんだよ、くそったれがよぉお!!」


 何度も地面を殴りつけて叫ぶ。

 両手から血が飛び散った。喉が痛い。もう叫べない。

 頭は、そう理解している。体が、そう認識している。


 なのに、止まらない。今まで、必死に我慢していた全てが吐き出される。

 ゴートは、かすれた声で、


「もういいよ。……そんなに俺を殺したいんなら、殺せばいいだろ……変に希望をチラつかせやがって、なんのつもりなんだよ、どんな拷問なんなんだよ、高度すぎるだろ。……もしかして、あれか? 俺の前世は切り裂くジャックか何かなのか? そうじゃないなら、なんで、こんなふざけたマネかましてくるんだ……俺になんの恨みが……く、くそったれ……ふざけんな、くそが……」


 全身の力が亡くなった。頭の中がスゥっと冷たくなっていく。

 心が、魂を放棄したみたいに、体に重みがなくなった。



「くそったれ……」



 ポタポタと涙を流しながら、そうつぶやいた、



 その時、






「それが普通の反応だと、私も思う」







 ボソっと、UV1がそう言った。

 ゴートの耳に届く。



「けれど」


 と、UV1は一度、言葉を置いてから、


「聖典に記されている『神帝陛下』なら……こんな状況でも、きっと、変わらずに勇気を叫ぶだろう」



「……こんな、既に詰んでいる場面で、まだ悪あがきをしようとするのは、ただの状況が見えていないバカだ」



「私もそう思う」


 UV1は、そう言って、


「けど」


 ――気高く、ニっと笑い、



「そんなバカだったから、世界を救えたのではないだろうか」



 言いながら、UV1は、目を閉じて、胸に手をあてた。


「神帝陛下センエース……もしかしたら、実在したのかもしれない……」


 ボソっと、そう言ったUV1に、

 ゴートは、


「なんで、そんな風に思うんすか……?」


「動けないから」


「?」


「……こんな、どうしようもない絶望の底では、頭でどう思っていようと、体が動いてくれない。心が閉じて、魂が全てを投げ出してしまう。……あんたが言うように、こんな状況で、まだあがくやつは、とんでもないバカだ。けれど、」


「……けれど、なんすか……?」


「かつて、世界は、3回ほど、『このふざけた状況』をも超える絶望の底に叩き落とされたことがあった」






 異世界大戦。

 バグの襲来。

 愚神の暴走。

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