アダム、崩壊

アダム、崩壊




 遥かなる高みから見下ろされて、アダムは、


「しゅ、主上様……」


 ポロっと、こぼすように、


「私を……どうか……見捨てないで……」


 ぽろり、ぽろりと、涙を流す。


 捨てられる前の小動物のような顔――

 弱々しい子猫や子犬を彷彿とさせる、庇護欲を串刺しにしてくる表情で、


「非礼だったのは承知しております。死をもって償うべきだと理解できております。けれど……私は……ただ、どうしても……あなた様が……あなた様だけが……っ」


 すがる。

 全力ですがる。


 この期におよんで、慈悲をこう。


 処されるまでもなく、自ら首を落とすのが正しい。

 それは重々理解できている。

 この上なく尊い神に対し、あれだけふざけた口をきいたのだ。

 御手を煩わせることなく、潔く、この場で、さっさと自分の首を落とすべき。




 //

 今のアダムは、サイと融合した事によって無限蘇生を得ている。

 そのため、今の状態では死ねない――が、サイを切り離せば普通に死ねる。

                                  //




 とっとと自殺すべき。

 理解はできている。


 本当に、愚かだった。

 徹底して無様だった。

 もはや、惨めを通り越して滑稽だ。


 死ぬべきだとも、死にたいと思った。

 消えてなくなりたいと思った。

 だが、アダムは、それ以上に、





「どんな罰でも受けます……しかし、どうか、死刑だけは……あなた様の側にいられなくなる罰だけは、どうか……」




 涙がボロボロと溢れ、鼻水も止まらない。

 もはや、体裁は整えていられない。


 ただ、想いだけが溢れて、


「どうか、おそばにいさせて……どうか……あなた様の……おそばに……どうか……どうか……」



 整えきれなくなった体裁、

 湧き上がってくる恐怖、

 爆発する感情が、

 アダムを壊す。






「イヤ! イヤ! 死にたくない! あなた様の御側から離れたくない! 地獄の責め苦ならば、いくらでも受け入れます! それだけの事をした自覚はございます! けれど! あなた様の御側から離れるのだけはイヤァアア! 絶対にイヤ! 許してくれとは言いません! おそばに! どうかおそばに! ァアアア、イヤイヤイヤァアア!」





 狂ったように、乱れ、泣き喚きながら、


「離れたくない! 絶対に離れたくないぃい! あなた様の御尊顔を拝せなくなるのはイヤァァァ! その御声を拝聴できなくなるのはイヤァァ! そばにいたい! 離れたくない! どうか、どうか、どうか、見捨てないでぇええええ! 主上様ぁあああ!」





 ダラダラと洪水のように、涙と鼻水を溢れ垂れ流しにしているアダムを見て、センは、









「……ったく……この神生、どこまで行っても、女のズルさには手を焼かせられる」









 言いながら、センは、アダムの腹から足をどけて、


「ありとあらゆる方法で100回ほど殺して、その『すぐ調子にのる性格』を矯正してやろうと思ったが……そんな顔をされたらできねぇじゃねぇか。ったく……」


 そうつぶやいた。

 もともと、完全に殺し切るつもりはなかった。

 アダムは、サイと融合したことで無限蘇生を持っている。


 様々な方法で痛みを与え、二度とナメた口がきけないよう『調教』してやろうとは思っていたが、ここまで泣き喚かれては流石に出来ない。



(また暴走しないとも限らないのだから、ここは、しっかりと罰を与えるべきなんだがなぁ……はぁ……)



 センは、心の中で溜息をついた。


 ――アダムの力は異常な領域にある。

 これほどの力を持った者が『愚かなまま』では世界レベルの大問題。

 ゆえに、センは義務として、アダムを調教しようとした――が、義務感よりも、アダムに対する情が勝ってしまった。


 センはお花畑脳ではないが鬼畜サイコパスでもない。

 義務感は持っているが、ソレ一つにがんじがらめにされているガンコ親父ではない。



(なんで、俺は、こういう厄介な女にばっかり惚れるんだろうねぇ……)



 センが右手をおろすと、その瞬間、アダムをしめつけていた痛みが和らいだ。


 膨れ上がり続けていた痛みから解放されて『はぁ……』と安堵の溜息をついたアダムを、ゆっくりと抱き起すセン。

 センは、片膝をつき、

 右手で、アダムの頭をささえ、

 左手で、優しくアダムの額に触れる。


「主上様……」


 パァアとセンの手が光った。

 超高次の抵抗魔法をかけて、アダムを蝕んでいた『無限蘇生が追いつかないほどのはやさで浸蝕するセン特性ウイルス』を完全に消し去って、アダムを完璧な状態に戻す。

 ついでに、超最高位の浄化と回復の魔法もかけておいた。



 土埃一つついていない美しいアダムに、

 センは言う。


「あの時のシューリも、今のお前ほど露骨じゃなかったが、『見捨てないでくれ』ってオーラを出していた。あいつは認めないだろうし、実際、俺が勝手に誤解しただけかもしれないが……ソレにあてられて、俺が無茶をしたのは事実」


「主上……様?」



「アダム、よく聞け」



 そこで、センは、真摯な目でアダムの目をジっと見つめ、




「お前は強い。果てしない領域にある。だが……今のお前は、」




 ハッキリと、




「シューリよりも弱い」



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