蝉原勇吾の恐怖

蝉原勇吾の恐怖




 現れたのは、少し長めの茶髪をオールバックにした長身細身の浅黒い肌をした男だった。

 隣に、学校で一番人気の女子を連れている。

 ケバすぎない、けど派手すぎる、そんな女子。


 男の方は、ニタニタ笑いながら、センを観察しているが、

 女の方は、ずっと、ダルそうにスマホをいじっていて、センの方など見向きもしない。



「気室って、本当にケンカが弱いよねぇ……なあ、ユズ」

「しらない」

「ユズさんや、もうちょっと、会話のぶつかりあいをしましょうぜ。なんだか、とっても、さびしいんですけど」

「たるい」

「はぁ、やれやれ……」



 その男――『蝉原勇吾(せみはら ゆうご)』は、優しい顔をしていて、表情も柔らかい。

 いつだってそう。


 蝉原は、いつも、優しそうに微笑んでいる。


 いつだって、思いっきり裏がありそうな『奥はまったく笑っていない目』で、他者を睨みつける。




「起きようか、気室」




 言いながら、蝉原は、気室の頭をパチパチと叩く。


 起きない気室を見て、蝉原は、


「んー」


 と、一度悩んでから、内ポケットからライターを取り出し、


「しゅぼっ」


 と効果音を口に出しながら、ライターの火で、気室の耳をあぶる。


 五秒ほどで、


「あっつぅうう!!」


 気室が耳を抑えながら飛び起きた。



「おはよう」



「あぁん?! ……ぁ……蝉原さん……」


 蝉原の顔を見た瞬間、真っ赤になっていた顔が、目に見えて青くなった。


「あの、いや……コレは――」


「説明はいらない。見れば大体分かる。お前、もう帰っていいよ」


「……あの、蝉原さん、俺――」


「聞こえなかった?」



「……すいません……聞こえています。……帰ります」


 一度、深く頭を下げると、気室は、そのまま、センに背中をむけて、早足でこの場から去っていった。


 その背中を見送ることなく、蝉原は、センを見て、


「さて、それじゃあ、少し話をしようか。えっと、きみ、名前、なんだっけ?」



「……俺とお前、一応、クラスメイトなんだけど」



「知っているよ。けど、カモの名前に興味はない。ただ、人間の名前には興味津津。というわけで、お名前は?」



「……閃」



「センくんね。えっと、とりあえず、財布、出してもらえる?」


「……」


「ああ、大丈夫、大丈夫。これで最後だから。君じゃなきゃいけない理由はない。だから、今後は無視してあげる。けど、今回は、君じゃないといけない。わかるよね、意味。ケジメってやつだよ」


「はは……ケジメねぇ……なあ、蝉原、前から聞きたかったんだが……ヤクザごっこは楽しいかい?」


「ごっこというより、練習だね。おれは確定で『そっちの道に行く』から」


 ニコォっと『今日一の笑顔』を見せて、


「宇宙一の極道に、おれはなる!」



「……はは……ぁ、そう……恐いねぇ……」



「さんきゅー。恐いって言ってもらえるのが一番ささる。おれはそのために生きているから。さて……それじゃあ、そろそろ財布、出してくれる?」


 センは、





「……イヤだ。拒否する」





 目に気合いを込めて、蝉原にそう言った。



「念を押すねぇ。まあ、いいけどさ。疲れるけど……これも仕事だから、ね、っと!」



 そう言って、蝉原は、センの腹に右足のツマサキを入れる。



「うぐっ!!」



「ユズも蹴る?」

「そんなのに、触れたくない」

「しんらつ~」


 言いながら、蝉原は、センの顔面をパァン、パァンと二回、張り手する。


 その後、ギュっと握った拳を、センのみぞおちに、ドスっと重く入れた。


「うげぇ……」


 綺麗に入って、ゲロをはくセン。

 そんなセンに対して、ユズが、




「きっしょ……くっさ」




 視線はスマホに固定したまま、鼻で笑った。


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