ウチの弟はバカすぎる。死ねばいいのに……ああ、死んだのか。

ウチの弟はバカすぎる。死ねばいいのに……ああ、死んだのか。




「しかし、負けるとはなぁ……」


 そこで、一人の侯爵(ヒゲモジャ)が、頭をかかえて深い溜息をつき、


「昨今における、あのバカの力は異常な領域にあったはず。……アレが、負けるかね……」


「わたしも、正直、驚きのあまり、先ほどから動悸が止まらないわ……」


「死んでくれて、どこかホっとしている……と、かつて、『戦場の乱鬼』と恐れられたこの私が、そんな事を思ってしまうほどの異常性が、あのバカにはあった」


「あのバカ以上の力を持つリッチ……ゾっとする……」


「ラムドの件はあとだ。最悪、ラムドが邪悪なる波動に目覚め、暴れだしたとしても、その時は、『フーマー』が動くだろう。問題はないさ。……それよりも、魔王国への『国としての対応』が問題になってくる。あのバカの奇行について、あくまでも、我々は何も知らないという証拠を、すぐに固める必要が――」




 そこで、第一王女が、




「問題ないわ、ソロウ侯。あのクソバカは、事実、自分の意志で、魔王城に乗り込んでいるのだから」


「しかしですなぁ、サーナ王女――」


「ええ、確かに誘導はしたわ。わたしたちが、常に、『我々の祖国が、なぜ、醜い魔物の国より下なのか』と、憤慨していたのは事実だし、あのクソバカと『唯一まともな会話』ができた『フーマーの黒龍騎士』に、『いくつか依頼』をしたのも事実。けど、あのクソバカは、我々に誘導されていると理解した上で、行動を起こした。もともと、行きたかったのでしょうね。常日頃から、サリエリがムカつくとか何とか言っていたし。……むしろ、我々が、あのクソバカに踊らされたのよ」


「さ、流石に、そんな訳……」


「そういうバカなのよ、アレは。……言っておくけれど、わたしが、あのクソバカに勝てなかったジャンルは剣や魔法だけじゃないわ。医学も法学も物理学も算術もバケ学も、すべてにおいて他者を遥かに凌駕した本物の天才。――それが、ウチの弟、世界最強の勇者なのよ」


 治療系の魔法は、不思議な事に、医学の知識量で効果が変化する。


 たとえば、首の骨についての知識で、頸骨の中で棘突起が最も突出しているのが第七頸椎であると理解しているだけでも、回復量が0・01%も上昇する。


 人体の構造や、治療方法について詳しければ詳しいほど、回復量は増大する。


 その事実は、この世界では常識。

 ゆえに、当然その事を知っているハルスは、自身の回復魔法を強化するため、

 世界最高の医学者が教授を務めている『フーマー大学校』に進んだのだ。


「……三年前、あのバカは、『バカすぎる』と、大学校を半年で追い出されたけど、定期試験の結果は、全て、座学ふくめて、歴代最高の結果だったのよ? 『剣や魔法が優れているのは知っていたが、まさか、それに加えて、あれほどの天才だったとは思わなかった』と学園長が絶賛していたわ」


 『ですが、流石に、あまりにも素行が悪すぎるので、我が学園では、これ以上御預かりできません』


 当時すでに、『勇者の恥』は世界中に晒されていたので、国をまたぐ『第一王子の失態』でありながら、セファイルとしては、小さな汚点が、また一つ増えたくらいにしか思わなかった。





 セファイル王国は、この世界に存在する六大国家の一つで、序列は六位。


 なぜ最下位なのか。


 それは、誇れるものが何もないから。






 『世界最強の勇者』が第一王子ではあるが、あのバカ王子が、『狂った人格破綻者』だと言う事は、周知の事実なので、決して誇る事はできない。


 むしろ、勇者がいるせいで、『あれほどの祝福を受けた者を、よくも、あれだけ歪ます事ができるな』とバカにされてしまう始末。


 勇者の『力』はハンパではないので、武力という観点でナメられてはいない。


 だが、勇者以外の戦力は大したことがないので、『勇者さえ押さえてしまえば、どうとでもなる弱小国家』というのが、他国のセファイルに対する武力評価。




 六大連合が設立され、どの国も、そう簡単に戦争はできなくなったが、

 だからといって、戦争が絶対に起こらなくなったという訳ではない。


 いつだって、平和は、次の戦争までの準備期間でしかない。






 セファイルは、勇者がいる現在ですら、そんな扱いなので、勇者誕生前は、

 『世界で最も価値の低い国』とまで言われ、蔑まれていた。



 建国当時からずっと、

 何の取り柄もない、クソしょーもない国のくせに、


 妙な豪運を持っていて、

 どんなに大きな戦争に巻き込まれた時でも、


 なんだかんだで、最終的には、

「信じられん、耐えたぞ……っ」

 と、なんとか乗り越え、


 ついには、歴史の長さだけで言えば、堂々2位の千年国家になった妙な国。



 名産品も特産品も何もなく、特に資源があるわけでもないし、土地が豊かな訳でもない。




 そんな国に、第一王子が生まれてきた時、

 セファイル王国は、ついに、残念国家の汚名を返上できると喜んだ。


 生まれた瞬間から、すでに破格のオーラを放っており、

 三歳の頃までは神童と呼ばれていた人類の宝。


「ハルス王子は器が違う。セファイルの王などという小さな地位に収まらず、いつか、果てなき坂を登り切り、全人類を統べる世界の王となるだろう!」



 セファイル王国の誰もが思った。




 誰もがハルスの健やかな成長を望んだ。




 しかし、歳を重ねるにつれて、みんな、こう思うようになった。


「なんで、こうなった……」


 誰の言う事も聞かず、

 どこに行っても、必ず問題を起こす。


 文章にしてみれば、ただの迷惑な底辺ヤンキー。

 そんなゴミ人間でありながら、有する力は世界最強。



 最低最悪のバカ王子。

 ――それでも、使い道はあった。






 大帝国が滅んでから、魔王国が正式な国家として認められ、

 ――セファイルは、その下になった。


 これに、セファイルの王侯貴族(勇者以外)は激怒した。


 しかし、リーン・ラムド・サリエリという猛将を筆頭とする素晴らしい統率の取れた『魔王軍』を有する魔王国は強大で『武力評価』はすこぶる高い。


 おまけに、南大陸は、広すぎるため、九割が未開拓状態。

 未知の資源が山ほどあると目されている宝島。


 数多の金脈を支配している、強大な武力を保有する国。




 国の価値で言えば、どちらが上か。

 そんなもん、比べるまでもない。




 各国家の代表達は、

 とはいえ流石に、新興国の、それもモンスターの国を、

 一応は長い歴史を持つセファイルの上に置くというのは、あんまりにも……


 と、魔王国の暫定ポジションに悩んでいたが、


 現在の序列・歴史共にぶっちぎり一位であり、

 かつて、傍若無人で強欲な大帝国にすら、

『我々は、あなた方から何も奪わない。だから、我々から何も奪わないでくれ』

 と言わしめた、

 超大国『精霊国フーマー』が、


『あの強大な大帝国を滅ぼしたその武力は素晴らしい』


 と大声で魔王国を称え、


 勝手かつ正式に、魔王国を序列五位の大国として認めてしまい、

 結果、色々とややこしいモメ事が起きた。




 セファイルとフーマーはバチバチの関係になり、

 セファイルは、ついに、勇者をチラつかせて、無謀にもフーマーに威圧をかけた。


 フーマーはフーマーで、『お好きにどうぞ? かの強大なる者が、もし、我が国の領土まで辿りつけたその時は、褒美として、軽く相手をしてあげても構いませんよ』と煽る。



 国と国の関係など、規模が大きいというだけで、所詮はただの人間関係。



 『どこどこが嫌い、だから潰す』、『どこどこはどうでもいい、シカト』、『どこどこは色々と役にたつから、ケンカを売るのは保留』と、結局のところはそんなもの。






 『互いのルールをぶつけ合わせて、落とし所を見つける』という、

 無駄に時間ばかりを重ねていく面倒事を処理しなければいけないため、


 ハタから見ていると、なんだか壮大かつ複雑な事をしているように見えてしまうが、

 実際のところは、いつだって、しょうもないケンカの延長でしかない。

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