第4話 彼と共に去りな

 物ぐさ太郎の長夫が決まった後、僕は佐平さんに呼び出された。

「忠助。物ぐさ太郎と一緒に、おまえも都へ行ってくれないか?」

 と、寝耳に水な頼み事を切り出されて、すぐにはその意味が理解できなかった。

「なぜですか? 長夫なら、誰か一人が行けばいいはずじゃないんですか?」

 そう問い詰めると、佐平さんは難しい顔で事情を語り出した。

「物ぐさ太郎の奴が、最後まで真面目に仕事をやるのならな。あいつ一人で充分だ。おまえまで行かせる必要はない。だが、何しろあの『物ぐさ太郎』だ。仕事が嫌になって、さぼるだけならまだしも、途中で逃げ出したりしたら……」

 ようやく話が飲み込めた。

「僕にあいつを見張っていてほしいと、そういうことですか?」

 どこか申し訳なさそうに、佐平さんがうなずいた。僕は何だか、ずしっと肩に疲れがのしかかったように感じた。

 あいつが不始末をおかせば、この郷にもそのおとがめがあるかもしれない。それを避けたいのは僕も同じだし、理解できるが――。

「なぜ僕なんですか? 僕も他のみんなと一緒で、世話をしなければならない田畑があります。それを放り出すわけにはいきません」

 僕は毅然きぜんと、佐平さんに食い下がった。こればかりは、簡単にはえない。

 だが佐平さんも、やすやすとは引き下がってくれなかった。

「田畑なら、おまえの親父さんがもうじき出稼ぎから戻ってくるだろう? それに、わしや他の百姓たちも手伝う。世話をおこたったりはせん。何も、あいつと一緒に長夫の仕事をしろというわけじゃない。見張ってるだけでいいんだ」

 僕はふっと、どうも話がちぐはぐになってる、と気づいた。わざわざ見張りをつけなくても――。

「見張ってるだけでと言いますけれど、そんなことするぐらいなら、いっそ僕が長夫を引き受けましょうか? それなら見張りなんて必要ないから、僕一人行けば済みます。見張りなら引き受けても、長夫は拒否すると思ったんですか?」

「いや、そうじゃない。おまえに長夫をやらせたい奴なんか、誰もいないからだ。長夫の仕事はかなりきつく、体を壊して働けなくなる者も多いと言われている。おまえがそんなことになったら、おまえの家だけでなく、郷にとっても大きな損失だ」

 その点、物ぐさ太郎ならまったく損失にならない、という訳か。

 いて懇願こんがんされ、「どうか、郷のために。頼む」と頭まで下げられると、さすがに僕も無下むげには断れなかった。

「わかりました。その代わり、うちの田畑をどうか、よろしくお願いします」

 僕が頭を下げると、ようやく佐平さんの顔が明るくなった。これであたらしの郷も安泰だ、とでもいうかのように。

 僕の心にはただ、あきらめの境地だけが広がっていた。

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