第93話 激戦を終えて
ポチ達が洞窟の奥へと進んでいって……それからしばらく経って。
ずりずりと何かを引きずる音が奥から響いてくる。
それを受けて俺は、縄梯子をしっかりと持っていた左手の肘の……曲げた肘の上に、いつでも撃てるようにと秘銃の銃身を置いていた俺は、そのままくいと肘を上げて銃口をそちらの方に向けて……右手の指を引き金にかける。
何かを引きずる音……あの大鉈を引きずっているかのような音。
まさかポチ達が負けたとも思えねぇが……途中ですれ違ったとか、隠れてやり過ごしたとかして、大猪鬼がこちらにやってきたというのはありえない話じゃねぇ。
そう考えていつでも攻撃できるように神経を尖らせていると……黒い何かが奥から姿を現す。
角張っていて、小さくて、大猪鬼ではないようだが、ポチ達でもなくて……一体何事だと冷や汗をかいていると……その何かを、黒塗りの木箱のような何かを押すポチ達の姿が視界に入る。
「おい、こらポチ、てめぇ!!
勝ったなら勝ったと、まずはそう報せねぇか!!」
黒い箱は恐らくドロップアイテムなのだろう。
そしてドロップアイテムを手に入れたということは、奴を倒したということなのだろう。
そう考えて俺がそう声を上げると……ポチがこちらを見てからはっとした表情となる。
「あ、そうでしたそうでした。
無事に勝ちましたよー、けが人もなし、こうしてドロップアイテムも回収してきました。
ただこれ、結構重いんですよねぇ、どうやってそこまで引き上げたものですかね?」
なんともあっけらかんと、軽い態度でそう言ってくるポチに、色々と言いたくなりながらも……それは後で良いかとぐっと堪えて、秘銃のボルトを動かし、弾を抜いてから声を上げる。
「それなら『吐き出し』に任せちまえば良いだろ。
持ち込んだ物と同様ドロップアイテムも一緒に吐き出されるのは以前の実験で分かってることだ。
その箱に張り付くなり、抱えるなりした状態で動かないでいれば……それごと吐き出されるだろうさ。
……他にドロップアイテムはなかったのか?」
「ああ、なるほど! その手がありましたか!
ドロップアイテムはこれだけでした、他に特に回収するものもないですし……この洞窟も軽く見て回った感じ、何かがあるような様子もなかったです。
このダンジョンはこれで終わり……今回はここで帰還するとしましょうか」
ポチとそんな会話をした俺は頷いて……縄梯子を引き上げて丸め直し、背負い直し、秘銃を持ち歩き用の袋にしまってからしっかり抱えて……そこらに寝転がって死んだふりをする。
ポチもシャロンもクロコマも、下の方であの黒い木箱に張り付いたまま死んだふりをして……それから少しの時が経つと、裂け目を通ったあの感覚があり、次の瞬間には周囲の光景があの草原から、江戸城の石室のものへと変わっている。
「……よし、ポチ達も箱もしっかり吐き出されたな」
地面の上と下で結構な距離があって、そこが不安な点ではあったが、俺のすぐ側には木箱に張り付いた状態のポチ達の姿があり……その姿を見て安堵した俺は、無くす訳にはいかない品、秘銃がしっかりと腕の中にあることを確認してから立ち上がり……黒い木箱に手を伸ばし、それが何であるのかを確かめようとする。
すると……、
「ぷひー……ぷひー……」
「すぅ……すぅ……」
「……もふ……へふ……」
などとポチ、シャロン、クロコマが寝息を立て始める。
「お、おいおい……寝ちまったのかよ。
……ま、まぁ、大物とやりあって疲れたんだろうが……こんなとこで、その箱に張り付いたまま寝る奴があるかよ……」
そんな言葉を俺がかけても返事はなく……眠りを深くしていくポチ達を見て、どうしたものかと頭をかいていると……石室の入り口からひょこりと、一人のコボルトが顔を出す。
そのコボルトはいつも吉宗様の側に控えている世話係のコボルトで……どうやら俺達の様子を見に来てくれたらしい。
「ああ、ちょうど良かった。
上様に親玉を討伐して無事に戻ったと報せてくれねぇか?
『コイツ』の試し撃ちもしっかりやったし、ドロップアイテムもこうして持ってきた。
万事上首尾に終わりましたと、そう報せて……ついでにポチ達を休ませてやりてぇから、そのための部屋を整えてくれるとありがてぇ」
俺がそう言うとそのコボルトは「委細承知いたしました」と、そう言ってたたたっと駆けていって……それからしばらくしてから、江戸城務めのコボルト達がわらわらと、大挙して石室へとやってくる。
何人かは担架でポチ達を運んでいって、何人かは査定のためにと黒い木箱を運んでいって……そして何人かは俺を吉宗様の下へと案内してくれて。
そうして秘銃をお返しした俺は、その使い勝手の良さと、連射性能の高さ、命中精度の高さを報告し……特に欠点らしい欠点もなかったとの報告をする。
「あえて言わせて頂くなら連射できる弾数を増やしたいとか、ボルトを動かす手間をもう少し簡単にしたいとか、あるにはありますが……性能のことを思えばそんなものは我儘の範疇でしょう。
それを100も並べたなら……2000、3000の騎馬武者であっても相手にはならないのではないかと愚考いたします。
それともう一つ、その威力を思うと、鎧兜を着ていてもいなくても結果は同じようなものでしょうし……それを運用するとなった時には動きやすさを考えて軽装にしてしまった方が良いのかもしれません」
と、吉宗様の部屋で俺がそんな報告をすると……吉宗様は袋に入った秘銃を撫でながらなんとも言えない表情をし……ゆっくりと口を開く。
「そうか……戦が変わるか。
であればやはりこれについては封印するとしよう。
これがあればダンジョンの攻略はうんと楽になり、それだけの恩恵が得られるのだろうが……いざという時が起きた際の被害が尋常ではないことになりそうだ。
あちらにこれが渡ってしまうという危険性もあるしな……そう考えると既存の銃であっても規制したほうが良いのかもしれんな。
あちらの世界での戦火を無闇に広げたとなっては、悔やんでも悔やみきれん」
そう言って上様は袋に入った秘銃を自らの背後に置いてから……側のコボルトから筆と紙を受け取り、脇にあった書き机を利用してさらさらと……恐らくは新法の草案となるものだろう文章を書き記す。
「犬界、よくやってくれた。
これの件だけでなく、未発見の扉を発見し、その先にいた大物をしとめたことは今までにない大功である。
後で褒美を取らせるつもりだが……少しばかり忙しくなりそうなのでな、それに関しては何日か待って欲しい」
書き記しながらそう言ってくださった吉宗様に対し、俺は頭を下げながら言葉を返す。
「ありがとうございます。
……ですが今回頑張ったのはポチ、シャロン、クロコマの三人ですので、自分にではなく、その三人にそのお言葉と褒美の方をお願いいたします。
自分はそのお言葉だけで―――」
と、俺がそんなことを言っている時だった。
何処からかどたばたと、えらく慌ただしい足音が響いてくる。
この江戸城で、吉宗様の自室に向かってそんな足音を響かせてくるなど、よほどの重大事があったかと身を強張らせた俺が、言葉を切って入り口の方へと視線をやると……なんとも大慌てといった様子の、深森エンティアンが物凄い表情で駆け込んでくる。
……このエルフは、普段から吉宗様に対してそんな態度を取っているのかと、そんなことを思った俺が渋い顔をしていると……慌てているというか、焦っているというか、そんな表情をした深森が大きな声を張り上げる。
「う、上様、上様! 大変です!
そこの犬界さん達が持ち帰ったあの箱……あの箱の中にあちらの世界の書物がたくさん、それはもうたくさん詰まってました!
あちらの言葉で書かれているために、まだまだその全てを読めてはいませんが……どうやらあちらから観測した『ダンジョン』についての書物のようでして!
こ、これはこれはこれは、ダンジョンの謎を解き明かす大発見となるかもしれません!!」
その言葉を受けて「なんだと!!」と大声を返した上様は、その勢いのまま立ち上がり、周囲の者達の制止も無視して深森と共に、この部屋から駆け出ていってしまうのだった。
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